生物授業実践記録
シロアリの腸内原虫の観察実習
栃木県立宇都宮高等学校
敦見和徳
 
1.はじめに

 生物科の授業では,本来生きた教材(生物)を,生息している場所等で観察・実習をすることが,もっとも望ましいと考えている.特に近年は,生活の中で身近にいる生き物にもふれる機会が少なくなってきているのが現状である.そこで本校では,生物の授業において,本物に触れる実習を可能な限り心がけている.この実習では,まず素材であるシロアリの形態や行動をじっくり観察する.さらに発展的な話として,社会性昆虫の話題を取り上げ興味を持ってもらう.その後に共生生物である腸内原虫の説明をし,観察に入る([シロアリの腸内原虫観察指導展開例]及び[シロアリの腸内原虫観察実験書]参照).ここでも,共生(相利共生)について説明し動機付けを行う.
 最初抵抗感のある生徒達も,徐々に引き込まれ,熱心に観察をしてくれる.今回の観察において,腸内原虫はおびただしい個体数が存在するので,観察に失敗する生徒はほとんどない実習である.また顕微鏡での観察実習は,一般的にタマネギなど植物ではよく行われるが,動物での観察はあまり行われないのが現状なので,そのことを考えても適材であると思われる.さらに,原生生物のミドリムシやゾウリムシなどの観察と比較しても,腸内原虫の動きがゆっくりなので,視野を素早く動かす必要がなく,原虫の繊毛などの観察もしっかりでき,顕微鏡操作にも慣れ親しむことができると考えられる.
 
2.シロアリの入手法

 栃木県内には、今回実習で取り上げたヤマトシロアリ( Reticulitermes speratus) のみ分布している(このシロアリは,北海道北部を除いて日本全土に分布している).このシロアリは,下等なグループに属し木材部を食している.生息場所は、雑木林内の適度に湿った落枝(枝の直径が5cm以上のものがよい)内に穿孔している.生息しているかどうかは、落枝を割ってみればわかる.落枝の表面がスポンジのような状態になっているものを見つければ、営巣している確率は高い.太さ5cm,長さが30cmほどの枝を持ち帰れば十分にシロアリの個体数を確保できる.私の場合は,自宅の生け垣の杭などに使われている木材(図1)より穿孔しているシロアリを得ている(図2,3).意外に身近視存在している.

 
3.シロアリの飼育法

 シロアリの飼育は、室温で適度な湿り気と餌になる材を入れておけば数か月飼育することができる.もっとも簡便な飼育は、20cmほどの家庭用タッパウェアーの底にキッチンタオルを敷き,湿らせて(余分な水分は捨てておく.)飼育用器として用いる.この容器に餌になる木片(営巣していた材を崩して餌に用いるのがよい)を入れてシロアリを飼育する(図4).水分の状態のみ管理(キッチンタオルが乾いてきたら水分をピペットなどで補給する.冬場などで乾燥しやすいときは脱脂綿に水分を含ませてシャーレに入れておくとよい)すればシロアリは順調に飼育できる.もし逃げ出しても,飼育環境下では個体数が少ないことと乾燥等の要因で増殖することはないので,安心して飼育することができる.
 
4.シロアリの観察の留意点

図5 ヤマトシロアリ属の階級分化(Kofoid,1934より)
 シロアリを観察する場合は、シャーレの外から観察させ、メモをとらせる.たとえば、シャーレを軽くたたいてやると、危険を感じたシロアリは頭部を縦に振り仲間に危険を知らせる行動をとる.観察後は、シャーレからシロアリを取り出してはたらきアリと兵隊アリの観察をさせ、階級分化の様子を観察させる(階級分化は図5を参照).もし動きが活発で観察しにくい場合は、取り出す前にシャーレ内に二酸化炭素ガスを吹き込み麻酔する(数分で麻酔から覚める)とよい.
 
5.腸内原虫の観察

 腸内原虫の観察は実験書の通りであるが、プレパラートを作成する場合、カバーガラスを強めに押すことによって原虫の動きを抑制することができる.原虫の様子は、顕微鏡用のビデオカメラを用いてテレビでモニターして提示するとよい.
腸内原虫の動画1
腸内原虫の動画2
注)このファイルはmpeg形式で保存されています。再生にはWindows Media Player等のソフトウェアが必要です。
 
6.おわりに

 今回は昆虫を素材として用いたが,昆虫たちは地球のあらゆる環境に適応し棲息している.
 あらゆる環境に適応するために,外部形態,内部構造や生理活性など様々な面で変化させてきた.そのため昆虫は多様化し,地球上に棲息する生物種の70%以上を占めている.現課程の生物では,脊椎動物の扱いはあるが無脊椎動物の扱いは非常に少ない.そんな観点からも昆虫を扱い, 昆虫多様性の一端を学習することができると考える.

<参考> セルロースの分解
 シロアリは、通常数万匹からなるコロニーを形成し、社会生活を営んでいる.そのコロニーは、生殖虫、兵隊アリおよびはたらきアリの3階級存在し、はたらきアリはコロニー中約80%に達する.これらのはたらきアリはシロアリの主食となるセルロースを食べ、消化を行うための主役である.シロアリの食性は他の社会性昆虫と同様に階級ごとに異なり、はたらきアリ及びある大きさに達した若虫は直接木材等を食べ消化するが、若虫、兵隊アリ及び生殖虫は間接食である.間接食とは、はたらきアリにより吐き戻した物(Stomodeal food)と肛門より排出した物(Proctodeal food)とに大別され、前者は未消化の食物が口うつしに供給される場合で、後者は消化物が肛門から他の個体に供給される場合である.兵隊アリはStomodeal foodを受けとり、若虫はProctodeal fbodに依存するが成長にともない自らが食物を摂食するようになる.生殖虫はだ液によって養われていると考えられていたが、種類によっては消化管内が木片で充たされている場合もあって、食性の真相は明らかではない