実践研究 化学
身近なものによる課題研究
福岡県立光陵高等学校
山 本   貴

はじめに

 私たちの身のまわりにはいろいろな物質の特性や化学現象がさりげなく利用されている.しかし,生徒に教えなければ,それに気がつかない.また,学習指導要領の改訂のたびに,理科の実験は演示実験→課題研究→探究活動(新指導要領・平成15年度より)となり,重視されている.しかし,私の力量不足によるものであろうか,教科書の内容を発展させることはもとより,実験に対する生徒の興味・関心をひき出すことはたいへん難しいのが現実である.
 試行錯誤しながらではあるが,授業で行った生徒実験において,生徒におおむね好評であった実験をご紹介する.

1 染色の実験

 染色の原理は,繊維分子と染料分子が,水の中で電気的に引き合って結合するものである.その電気的な力の大きさが染めやすさや色落ちしにくさを決定づけている.この分野は,コロイドの単元で少し触れられている.また,染料についてはベンゼン環の誘導体であるアゾ化合物の中で取り上げられている.課題研究の題材を決める過程で染色法による合成着色料の検出実験の話が話題となり,下記の事項が研究課題のテーマになった.
 [1] 天然や合成の色素による染色の違いとは具体的にどのようなものか.
 [2] 天然の色素で染色するにはどのような方法をとればよいのか.
 そこで,クラスで4〜5人のグループで7班作り,実際に染料の合成と染色,草木染めを行うことにした.

(1)天然色素と合成色素の比較染色
方法
[1] オレンジIIの合成と染色実験
 アニリンと塩酸のモル比を1:2.5程度で調整し,氷片を直接入れる.その後,亜硝酸ナトリウム溶液を加えてジアゾ化し,β−ナフトールを加えてカップリングさせてオレンジIIを合成する.これを水に溶かして橙色の染色液を作る.この染色液に多繊織機布(木綿・絹・羊毛等の天然繊維と,テトロン・レーヨンなどの化学繊維が,全部で7種類織り込まれている布)を入れて染色し,よく水洗いをする.
[2] 植物色素の抽出と染色
 植物の根・茎・花・葉・樹皮などを細かく切って30分程度煮沸し,色素を抽出する.なお,色素がよく取れないときは重曹を加えて溶液をアルカリ性にしてから抽出を行い,酢などで中和する.この溶液をろ過して染色液を作り,多繊織機布を入れて15分程度煮沸して軽く絞る.その後,媒染剤の中に10分程度浸して水洗いを行い,陰干しをする.なお,植物として玉葱と黒豆の皮,紅葉の葉の3種類で行い,媒染剤として,明礬(みょうばん)・木灰汁・石灰水・硫酸鉄(II)溶液を使用した.
結果
 合成染料は繊維の種類に関係なくよく染色するが,天然染料では木綿・麻等の植物繊維に対して染色具合がよくなく,逆に動物繊維はよく染色した.なお,結果はおおむね次の表のようになった.


玉葱の外皮

黒豆の外皮

紅葉の葉

媒染剤なし

茶褐

紫黄

明礬

黄褐

木灰汁

黄褐

黄褐

石灰水

黄茶

青褐

黄茶

硫酸鉄(II)

青紫

 木灰汁は班によって色合いが微妙に異なったが,これは灰に含まれるカルシウム・アルミニウム・鉄などの含有の違いだと考えられる.また,木綿が一番染め具合が悪くすぐに色落ちする.生徒の間では,木綿を染めたいという意見が多かったので助剤を作って染色することになった.

(2)助剤による木綿の染色
 助剤には,タンパク質や五倍子・没食子(もっしょくし)などに含まれるタンニン酸を利用したものがあり,ここでは豆乳とタンニン酸溶液を使用した.
方法
[1] 豆乳による助剤と染色
 大豆を一晩水に浸け,ミキサーにかけたら布ごしをして“豆乳”を作る.この中に綿布を入れて染色液で染色する.
[2] タンニン酸による助剤の作り方
 タンニン酸10gを水1.5lに溶かした溶液に,60℃ぐらいから綿布を浸して煮沸し一晩放置する.その後,酢酸アルミニウム5gを水1.5lに溶かした溶液に30分程度浸してもう一度タンニン酸で煮沸しかたく絞り,染色液で染色する.
結果
 綿布のほとんどはよく染色し,色合いは(1)と変わらなかった.ただ,タンニン酸の場合は全体が淡く褐色がかったような色合いが出た班もあった.綿布をコチニールやロッグウッドで染める場合はタンニン酸のほうが染色具合がよかった.また,助剤作りに失敗した班に市販の豆乳や牛乳でさせたが,結果は同じであった.

2 その後の展開

 いろいろ身近なもので染色できることがわかった生徒は,茶がら・コーヒー・紅茶,藤やバラ・椿などの花びら,木蓮・ミカン・桜・ヨモギなどの葉や皮等で染色液を作り,直接染めたり媒染剤を浸けたりして染める者もいた.また,別のグループでは,別の金属イオンや溶液に浸けて色の変化を調べている班,染色液や媒染剤を組み合わして微妙な色合いを出している班,また,文献等で草木染めのできる植物や色の表現(山吹色・とび色などを調べる班,また,市販の助剤(商品名:ディスポン)を使用すると驚くほどよく染まり,その成分を調べている班もあり,これを班ごとの考察や課題とした.

3 報告書・評価について

 実験報告書は方法や結果の他に,班ごとの課題や考察を個別に提出させた.また,1つの実験が終了した段階で簡単な結果と実験に向かう姿勢や協力・操作技術・内容把握などの項目及び総合評価をA,B,C,Dの4段階に自己評価したものを,翌日に提出させた.
 定期考査は実験の基本的な操作や器具,薬品の特性や化学式・名称・合成の反応過程や濃度計算等の内容で出題した.そして生徒の自己評価を含む報告書を総合して評価した.(考査60%,実験40%で評価)

おわりに

 この実験をしたクラスは3年の1学期ですでに教科書の内容が終了しており,進路の9割以上が就職希望者であった.特に理科・数学が苦手なものが多く,2年の継続の関係上,週に3単位あった.その中で化学の内容で何か体験的なことをさせ,少しでも興味や関心をもてるようにと思い,企画したものであった.
 私にとってうれしかったことは,今まで化学が苦手だとか嫌いだとか言っていた生徒が,楽しそうに実験に取り組んでいたこと,また,調べたり探究したりする喜びを感じ,化学を選択してよかったと言われたことである.本来は,化学の授業の初期段階で,生徒の興味・関心を引き出すことが重要であり,授業の展開や教授法などもっと勉強すべきことがたくさんあるので,さらに取り組んでいる最中である.

<参考文献>
原色化学実験プリセス図説(黎明書房)
たのしい科学あそび(東陽出版)

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