実践研究 化学
じゃんじゃん物質とつきあう化学
−実験を中心とした授業実践報告−
埼玉県立大宮武蔵野高等学校
藤 井 喜 英

はじめに

 本校に赴任した平成8年頃,化学に対しての興味・関心の低さというものが,教える側だけでなく,生徒の声としてもあがっていた.また,普通科の中に日本文化コースという理数とは無縁の生徒の化学IAについても同様につまらないという声があがっていた.そこでどのようにしたら「生徒の興味・関心を引き出せるか」「科学的なものの見方(科学の目)を育成できるか」を課題とし,以下に具体的な取り組みを述べる.

1 課題への具体的取り組み

 まず第一に,物質が身近に感じる,物質の世界が見えてくる,私たちの生活に密着していることを気づかせ,その中で「化学はおもしろい!」という声がでてくることを目指した.そのために,赴任当初の授業展開を大幅に見直し,実験・観察を中心とした授業に切り替え,生徒のニーズを取り入れながら,自らが体験して学ぶ形に変化させた.また,教科書に出てくるオーソドックスな実験とともに,生徒自らが身近なものとして感じやすいものを題材としながら,授業展開を考えた.例えば,多くの学校で取り入れられているスライム作り,せっけん,医薬品,香水等を実験の題材として取り入れた.また,一つの実験を単独のものとして終わらせず発展・深化となるよう工夫した.例えば,ワインの蒸留実験では,せっかく蒸留によってアルコールが取り出せるので,アルコールについての学習をはじめとして,お酒の作り方,さらには香料や医薬品などのエステル合成までも行い発展・深化させた.
 第二に,自分の考えをうまく表現できるようレポート指導及び,ものの調べ方等の基本的事項の定着を目指した.これについては,実験・観察を行う際,生徒一人一人に質問等を投げかけたり,レポート作成にあたって何をどのように調べるかを,図書館司書の協力を得,行った.

2 授業展開例

<1年間の流れ>

[1学期]

 器具操作を始めとし,物質へのアプローチのしかた,科学的思考のトレーニングを中心に,身近な話題にも触れながら授業を実施していく.この際,量的関係についてはほとんど触れない.

[2学期]

 1学期において,物質とのつきあいかたに慣れてきたところで量的関係に入っていく.ただし,講義中心授業ではなく,実際に物質を使いながら量の関係に迫っていく.

[3学期]

 2学期同様,様々な実験を通して量的関係を考えていく.このころには,物質についての知識がついてくるので,少し深く掘り下げていくことも考える.
 以下に展開例を示す.

  1. 基本操作を学ぶ
    スライム作りを通して,加熱,撹拌,温度測定等の基本操作を学ぶ.(実・報)
  2. アプローチの仕方を学ぶ
    ポピュラーだがロウを使い物質へどのようにアプローチしていけばよいか,また,人間の持っている五感をフルに活用するということを学ぶ.(実・報・課)
  3. 身の回りの物質について(講)
  4. 分離技術について(講・実)
  5. ワインの蒸留(実・報・課)
    実験前の授業の中で,装置を組む時の注意を説明し,実験当日は教科書の図を見ながら装置を組ませているが,どのクラスも約10分で組上がり,そのまま実験に入っている.(実験についても1時間の中で終了している)
  6. 実験のまとめ(講)
  7. アルコールについて(講)
    お酒の作り方やお酒と健康について学習する.(アルコールパッチテスト実施)
  8. アルコールと関連物質の学習(講)
    アルコール・アルデヒド・カルボン酸・エステルについて簡単に学習する.
  9. アルコールの性質(実・報)
  10. 鏡の制作(実・報)
    アルデヒドの還元性を利用して一人一人スライドガラスを用いて鏡を作製する.
  11. 香料作り(実・報)
    数種類のアルコールと3種のカルボン酸を自由に組み合わせ,香料を作る.
  12. 医薬品の合成(実・報)
    アセチルサリチル酸・サリチル酸メチルなどを作らせる.(市販されている解熱鎮痛剤を利用して実施)
  13. 元素の確認 〜炎色反応〜(講)
  14. 炎色反応(実)
    7種類の物質について炎色を確認し,未知試料の炎色を調べ何が成分として入っているかを調査.
  15. 炎色反応の利用〜花火〜(実・報・課)
    身近な炎色反応の利用法として花火があるので,花火による事故防止も含め(火薬の恐ろしさ)生徒実験として実施している.ただし,最初に線香花火を作らせ,慣れさせてから実験させている.
  16. 実験のまとめ(講)
    炎色反応がなぜ起こるかの理由を話し,花火に関する事柄についても勉強する.(歴史,製法,事故,火薬全般について)
  17. 原子の構造(講)

※実・報・課・講は,実験・報告書・課題・講義の略.
※講義の中では,ミニ実験や演示実験を行い,講義一辺倒にならないように気をつけている.

3 報告書について

 報告書は実験に関するものと,調査を目的としたものの2種類を課している.通常の報告書は,実験方法・実験結果・考察・感想とオーソドックスな形式に加え,実験に向かう姿勢・技術操作・内容把握・調査・総合点の5項目について5段階で自己評価させている.調査については,アルコールが人体に与えるメリット・デメリットや,酒の作り方等,身近なものについて調べさせている.
 報告書の提出については,通常のものは原則として翌日,調査の場合は1週間の期限で提出させている.

4 評価について

 各学期に実施される定期考査と実験中の生徒の様子と報告書(生徒の自己評価も含め)・課題を総合して評価している.(おおよそ定期考査60〜70%,実験等30〜40%で評価)

5 生徒の様子・感想

 教員サイドから観察した生徒の様子として,最初は教科書通りでないため戸惑いを感じている生徒が多かったが,時間を重ねるごとに,手際よく教科書や図説を見ながら,授業を受けていた.また,報告書についても,「くさかった」,「おもしろかった」,「きれいだった」等,簡潔なものが多かったが,枚数を重ねるにしたがって,「なぜ?」,「どうして?」とか,「自分ではこれが原因だと思う」というような自分の考えをしっかりと書けるようになっていった.中には,すべてを漫画で表現し続けた生徒や,非常にカラフルにきれいに書き続けた生徒もいた.(これについては,最初の授業で,表現方法[プレゼンテーションの方法]にはいろいろある,自分の考えを人にわかるように工夫しろと言ったためだと思う)
 生徒サイドからの声としては,たくさんの実験ができて良かったと答える生徒が非常に多かった.ただ,実験があるとそれについてくる報告書や課題を仕上げなければいけないのでそれが大変だったという声があがっていた.

6 今後の課題と展望

 上記のように授業展開を行うようになって,授業を楽しみにしている生徒が増えてきたことが実感できた.ただし,課題も抱えていないわけではない.確かに,実験の楽しさは化学教育の入口だが,単に面白い,不思議で終わらせてしまっては,マジックにすぎない.実験で知った面白さ,不思議さの中から多くのことを学ばせる努力を今後とも継続する.
 生徒の興味・関心の把握に努め,生徒に学ぼうとする意欲を抱かせ,押しつけでなく「化学の魅力」を少しでも理解してもらえるよう,日々自己研鑽に励む所存である.

埼玉県立大宮武蔵野高等学校
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