化学授業実践記録
アセチルサリチル酸からサリチル酸へ
〜50分で解熱鎮痛薬から湿布薬をつくろう〜
東京学園高等学校
石渡清午
 
1.はじめに

 代表的な解熱鎮痛薬であるアセチルサリチル酸と,消炎鎮痛薬であるサリチル酸メチルは化学 I (旧課程)の芳香族化合物の単元で,サリチル酸の誘導体として取り上げられる他,化学 II (旧課程)では,医薬品の単元でも取り上げられ,多くの教科書でサリチル酸から2つの化合物をそれぞれ合成する実験が掲載されている。サリチル酸メチルは特有の芳香(いわゆる「サロンパス臭」)により,生成したことを実感しやすいが,アセチルサリチル酸は白色の結晶として生成するため,生成物がアセチルサリチル酸であることを実感しにくい。そこで,アセチルサリチル酸とサリチル酸メチルが同じ物質からつくられることを実感できるよう、市販されている解熱鎮痛薬(バイエルアスピリン)からサリチル酸メチルをつくる実験を行った。
 
2.実験の方法

(1)器具
ガスバーナー,乳鉢,乳棒,PYREX試験管(φ8 mm,180 mm)×2,ビーカー(50 mL×2,300 mL×1),ガラス棒,ブフナー漏斗,アスピレーター,吸引ビン,ろ紙,薬さじ,テルモシリンジ(50 mL)×1,脱脂綿,沸騰石,三脚,セラミック付金網,試験管ばさみ,安全めがね

(2)材料・薬品
バイエルアスピリン(佐藤製薬株式会社),6 mol/L水酸化ナトリウム水溶液,3 mol/L塩酸,メタノール,濃硫酸

(3)実験操作

[1]

バイエルアスピリン錠2錠を乳鉢と乳棒ですりつぶし,試験管の中に入れ,6 mol/L水酸化ナトリウム水溶液を5 mL加え、80 ℃以上の熱湯で時々振り混ぜながら10分間湯煎する。

[2] 湯煎後,試験管を流水などで冷まし,脱脂綿を詰めたシリンジ(圧縮したときに3 cm程度)に流し込み,シリンジ内を圧縮して溶液を押しだして,50 mLビーカーにあける。さらに少量の純水でシリンジ内をすすぎ,シリンジ内を圧縮して脱脂綿に含まれる溶液とともに搾りだす。
[3] [2] で得られたろ液に3 mol/Lの塩酸10 mLをガラス棒でかき混ぜながら少しずつ加える。
[4] 吸引ろ過により [3] で生じた白色沈澱を集め,回収し,ろ紙等で十分に水分を吸収させる。
[5] 白色沈澱を薬さじで試験管内に集め,2 mLのメタノールに懸濁した後,濃硫酸を1 mL加える。セラミック付き金網ごしにバーナーの弱火で沸騰石とともにおだやかに加熱する。加熱し続けると濁りが一度消えるが,再び溶液が濁ったところで加熱を終了する。
[6] 加熱後静置し,十分に冷めたところで純水を注ぎ込んで,試験管の底に沈んだ油状物質を確認する。

(4)指導上の留意点( [1] 〜 [6] は実験操作に対応)

[1]

アスピリンに含まれるアセチルサリチル酸のけん化(加水分解)の操作である。高濃度の塩基を加熱するため,沸騰させない,安全めがねを着用させる等,万全を期したい。また,けん化が十分でないと収量が下がるため,溶液を80℃以上に保つほか,こまめに懸濁をした方がよい。溶液が黄色くなることがあるが,後の実験操作に影響はない。アスピリン錠に含まれる成形材としてコーンスターチやセルロースなどの影響が考えられる。

[2]

[1] で得られた溶液のろ過の操作である。高濃度の塩基を含む溶液が飛び散らないよう留意し,シリンジの口をビーカー内に向けてから静かに圧縮する。漏斗とろ紙でろ過する方法の場合,アスピリン錠に含まれるコーンスターチにより溶液の粘性が高くなっており,流出に時間がかかる。

[3] 溶液を中和し,ナトリウム塩の状態で溶解しているサリチル酸を強酸で遊離する操作である。不純物を含んでいるため,きれいな結晶は得られない(図1)。


図1  塩酸で遊離させたサリチル酸

[4]

吸引ろ過によりサリチル酸を得る操作である。ろ過した際,純水で数回沈澱を洗い,さらに続けることにより,沈澱に含まれる水分を除くことができる。サリチル酸の沈澱は完全に乾燥している必要はなく,ろ紙で挟んで押して水気を吸収する程度でよい。2回に分けて実験を行う際は,この操作をもって中断し,蓋を少しずらして開けたシャーレ内で風乾させるとよい。十分に乾燥させると,不純物がよく除けたものでは,サリチル酸の針状の結晶が見られる。

[5]

サリチル酸のエステル化の操作である。2 mLのメタノールではサリチル酸の沈澱を完全に溶かすことはできないが,加熱することである程度溶解する(図2)。注意点はサリチル酸の試薬を用いて実験するときとほとんど変わらず,濃硫酸を加える際の発熱と,加熱の際は弱火で激しく沸騰しないことに特に注意を要する。沸騰が始まると,サリチル酸メチルの芳香が確認できるようになる。反応の終点である溶液の白濁(図3)には5分以上要することが多い。不純物を含んでいるため,試薬を用いる時よりも白濁もわかりにくい。


図2  加熱中の反応液


図3 反応終了後の反応液

[6]

加熱をやめた後も反応は続いているので,水などで急冷はしない方がよい。反応液に水を加えると,試験管の底に油状のサリチル酸メチルが確認できる(図4)。ビーカーなどに移し,炭酸水素ナトリウムで硫酸と未反応のサリチル酸を中和すると,不純物を多く含んでいるためか,油滴は浮いてくる。(純粋な試薬で行った際は沈んだままである。)


図4  試験管の底に沈むサリチル酸メチル

 
3.おわりに

 純粋な試薬を用いて行う実験ではないため,丁寧な実験操作を心掛けないとうまくいかないケースが多い。サリチル酸メチルの生成実験においては,生成物が油状物質として水に沈むことを確認できることが重要であるが,特有の芳香でサリチル酸メチルが生成していることを確認できるまではそれほど難しくない。
 なお,制酸剤を含むアセチルサリチル酸製剤を用いて同様の実験は可能であるが,バイエルアスピリンはアセチルサリチル酸の含有量が多く,また他の成分として成形材のセルロースとコーンスターチ以外はほとんど含まれていなため,扱いやすい。
 解熱鎮痛剤から湿布薬ができるという興味深さはもちろんのこと,芳香族エステルのけん化(加水分解)とエステル化を同時に実験で学ぶ教材としても有用である。
 
4.参考文献

野本 信也,澤田 俊和,化学と教育,48,102(2000)
岸田 功,化学と教育,46,244(1998)
日本化学会 編,実験で学ぶ化学の世界3 有機・高分子化合物の化学,丸善(1996)p.42