私が今から述べますことは,化学に携わっておられる先生方にとっては,既に当たり前のこととして,指導されていることばかりではないかと,内心忸怩たるものがあります。
しかしながら,私の経験が教えるところでは,思いの外,生徒達には定着していないのではないかと,疑問に思うのです。
そこで,化学の教育に携わる全ての人々にご一読いただき,私の積年の蒙を啓かせていただけるなら,これに過ぎる喜びはありません。
さて,その疑問とは,気体の法則の初歩の段階において,思いの外『粒子モデル概念』が徹底されていないことです。
化学において,最初の数式(公式)ともいうべき『ボイルの法則』『シャルルの法則』の場面で,気体の粒子モデル概念が徹底されていないことが,後々『分圧の法則』『気液平衡』『実在気体の性質』において,理解を妨げる原因となっているように私には思えてならないのです。
それを私は長年の教師としての経験から痛感してまいりました。
そのため,私が気体の単元を教えるときには『大前提』として『圧力とは何か?』ということを『思考実験』的に,まず徹底することにしております。
この点に関しては,ここ数年教科書において記載されるようになってきているようには存じておりますが,私の目から見ますと未だに『充分に強調』『充分に徹底』されるには至っていないかのように映っております。
『圧力とは何か?』これは今さら申すまでもなく『分子の衝突の力の総和』です。
これを最初に徹底しておけば『圧力は分子の衝突回数が増大するほど大きくなる』ということから『圧力とモルとの比例関係』も明瞭になってきます。
また,さらなる議論に備えて分子の運動エネルギーについての条件を導入しておく必要もあります。
E=kT(絶対温度)=
この式は化学の教科書の本文中にはほとんど見受けられませんが,純物理的観点からすると荒っぽいものながらも,後々の学習には極めて重要なものであると考えています。
それでは『分子の衝突の力の総和が圧力であること』と『分子運動エネルギー』を『ボイルの法則』『シャルルの法則』の場面で『思考実験』的にどのように反復するかということを以下に述べてみます。
『ボイルの法則』について
P1V1=P2V2=一定 という公式について
☆モル一定(即ち質量一定)なら
「体積と圧力は反比例する」と読ませて
なぜか?という『イメージ』を描かせる。
具体的には以下のグラフ及び図を見て,
体積を2V1のときから縮めて V1にすると
なぜ?圧力は P1→2P1となるか
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を粒子モデルから推論を反復させます。
図1 気体の体積の圧力変化
図2 ボイルの法則
温度一定のときは pv は一定となる。
(A)点の圧力を2倍の(B)点にすると,
体積は半分になる。
内部の分子数は一定だが体積が になると
単位体積当たりの衝突回数が初めのときの「2倍」になる
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↓
『圧力とは分子の衝突の力の和』だから
衝突回数が2倍になるならば,
その和である圧力も2倍になる
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E= kT(絶対温度)= より
↓
絶対温度一定⇔分子の運動速度も一定
↓
体積の大小は分子の運動する距離の大小
↓
分子の運動速度が一定ならば,
運動する距離が小さくなると
それだけ早く容器の壁に衝突が起こる
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↓
一定速度で移動距離が初めの になると
衝突に至るまでの時間も初めの になる
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↓
初めの状態に比べると,
一定時間内の衝突回数は2倍になり
そのため圧力も2倍になる
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『シャルルの法則』について
==一定 という公式について
☆モル一定(即ち質量一定)なら
「絶対温度と体積は比例する」と読ませて
なぜか?という『イメージ』を描かせる。
具体的には以下のグラフ及び図を見て
(A) の絶対温度を2倍にすると (B) の体積が (A) の2倍となるのは
なぜか?
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を同様に粒子モデルから推論させます。
図3 気体の体積の温度変化
図4 シャルルの法則と0K
圧力一定のとき,気体の体積は絶対温度に比例する。
-273℃では体積が0になると考えられ,
この温度を0Kとする。
内部の分子数は一定だが温度が2倍になると
分子の衝突する力は初めの「2倍」になる
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↓
ところが,外からの圧力が一定ならば
内部の圧力が強まるので
その力の差に従ってピストンを押し
体積が膨脹していく
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↓
↓
絶対温度が上昇すると,分子の衝突する力
(矢印の大きさ)が増大し,
少しずつピストンを押し上げていく
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↓
絶対温度が2倍,3倍となる
「圧力」(即ち分子の衝突する力の和)も2倍,3倍となる
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↓
外からの圧力が一定なら,
内部の圧力の増大につれて
初めの圧力の釣り合いがやぶれて「膨脹」
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↓
2倍の絶対温度になれば体積も2倍に
3倍の絶対温度になれば体積も3倍に
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以上のように,『粒子モデル概念』についての推論を充分に協調・徹底しておくと,
『分圧の法則』において,成分気体の種類がいくつになろうとも,分圧が成分気体のモルに比例すること。
『気液平衡』が成立しているときに,圧縮をしても飽和蒸気圧が一定を保ち続けるのは,分子間の距離がある一定の距離よりも小さくなると分子間力の作用で液化が始まり,分子間の距離を一定に保ち続ける。即ち飽和蒸気圧は一定に保たれるということ。
(これは,取りも直さず『実在気体の性質』ではありませんか。)
上記の項目につきましても,整合性のある推論が可能になってきます。
以上のように,非常に拙いながらも,私の持論を述べさせていただきました。
高校レヴェルの化学では,数学や物理のように定理・公理・公式化された法則などによって,演繹的に推論を進めることは事実上不可能です。
しかし,それでは生徒に化学の体系を『一体感のあるもの』として教えることを放棄せざるを得ません。
それは,化学の学習をより実りの少ない道へと導くように私には思われるのです。
せめて後付けの『帰納的な推論』でも考察させることで,化学の体系における整合性を感じさせたいと微力をふるってまいりました。
本稿をご覧になられた皆さんの忌憚のないご意見を切望致しております。
ありがとうございました。
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