物理授業実践記録 |
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三朝温泉での放射線計測フィールドワーク | |
鳥取県立鳥取工業高等学校 足利裕人 |
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1 学習のねらい
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![]() 私達の周りには種々の天然の放射線が存在しているが,普段意識することは極めて少ない。また,生徒達は,放射線にどこか怖いマイナスのイメージを持つことが多い。しかし,鳥取県にはラジウム温泉で有名な三朝温泉がある。この三朝の温泉水を利用して放射性壊変の学習を深めることにより,環境としての放射線に対する意識を高め,放射線への正しい理解を深めたり,放射線への対処方法や科学的態度を身につけたりすることが可能になる。 |
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2 三朝の温泉水と放射線
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中国山地のような花崗岩地帯では,土壌や岩石にカリウム40やウランなどが多く含まれているため,大地からの放射線が強い。三朝の温泉水には実際にはラジウム(Ra)226は含まれておらず,ラドン226から生まれたラドン222とその娘核種である放射性同位元素が含まれ,α線やβ線などが放出されている。ラドン含有量世界一は池田ラジウム温泉(88,312Bq)だが,冷鉱泉なので,泉温が25℃以上とされる温泉でのラドン含有量世界一は三朝温泉(9,088Bq)となる。三朝温泉は三朝地区と山田地区に分かれ,一般に前者は,後者より相対的にγ線量率が高い。ちなみにγ線はラドンの娘核種の鉛214とビスマス214から出ている。 |
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3 放射線計測フィールドワーク
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ここでは三朝町内を散策し,御影石や泉源の湯から出るγ線量を測定したり,温泉水を採取したりするフィールドワークを行う。鳥取工業高校理数工学科2年生27名の生徒は,数班に分かれて三朝町内を散策した。「はかるくんDX-300」によるγ線の測定機能を用い,河原や道路等の地形による自然放射線量の値や,石碑に使われている赤御影石や黒御影石などの石材の違いによる値を測定し,記録した。
各泉源では湧きだし口の前数cmの距離と湯面,湯面上1mの位置でのγ線量を,はかる君で2分間,3回ずつ測定し,記録した。また,洗浄瓶(500ml)一杯に温泉水を汲み,三朝町観光商工センター会議室へ持ち帰った。
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4 温泉水中のラドンのβ崩壊
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まず,持ち帰った洗浄瓶中の温泉水から,ラドンを取り出す。
洗浄瓶中の温泉水の量を400mlにし,瓶の口を手のひらで塞いで30回強く振り,気相中にラドン222を追い出した。洗浄瓶に短く切ったノズルを取り付け,粒状の活性炭を詰めたチューブにシリカゲルを通して押し出し,ラドンを活性炭に吸着させた後,チューブをシーラーで密封した。はかる君 II を用い,ラドンの崩壊で生じるビスマス214(鉛214)から出るβ線量の泉源による違いや,その時間変化を測定した。(鳥取大学工学部の中村麻利子技術専門職員の指導による)。
ラドン222はα崩壊してポロニウム218になり,さらにα崩壊して鉛214になり,β崩壊してビスマス214になり,さらにβ崩壊してポロニウム214になる。このときの崩壊系列を図8に示す。
三朝での滞在時間の関係で,β線のカウント数が増大していく途中で測定が終わったが,この後強度は一定の値(放射平衡)に落ち着く。これは,ラドン222から鉛214とビスマス214が定常的に生まれるためである。
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5 計測結果
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各班の測定データは会議室のホワイトボード上に書き出され,班の代表が発表を行った。
各泉源では3回の放射線量測定を行い,その平均値を出したが,水面と水面上1mでは2培程度の差が観測された。各班で分かれて測定したため,測定ごとに測定者が異なったり,浴槽の構造により,湯の沸き出し口に接近にしくい箇所があったり,湧きだし口が空気によく触れている箇所等もあったりしたため,誤差は大きいものと考えられる。表1に測定結果を示す。 |
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6 簡易霧箱によるα線の観察
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ラドン222から放出されるα線の飛跡を,簡易霧箱を製作して観察し,温泉水に放射能があることを観察した。ラドン222からは,霧箱で飛跡が容易に観察できるα線が放出されており,洗浄ビン中の温泉水を振ってラドンを気相中へ取り出し,簡易霧箱の中にラドンを含んだ空気を注入し,懐中電灯で霧箱の中を照らした。
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7 鉛214とビスマス214の減衰
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電子レンジを用いて活性炭上からラドン222を取り除くことにより,鉛214とビスマス214の減衰を観察することができる。三朝での活性炭に吸着させた資料を持ち帰り,電子レンジ用のガラス容器に活性炭を移し,500Wで20秒間の加熱を3回行った。加熱した活性炭をポリ袋に入れ,はかるくん II で10分ごとにβ線の強度を測定し,片対数グラフを描き,半減期に基づいて減衰する様子を確認した。
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8 おわりに
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鳥取県には三朝温泉やウラン鉱の採掘が行われた人形峠があり,原子力や放射線の教育にフィールドワークとして活かす環境が整っている。
実験を取り入れた生徒の授業後の生徒たちの感想は「楽しかった」,「放射線に対するイメージが変わった」というものがほとんどだった。「身近なものから放出されている放射線を観察することにより,それらが決して特別なものではないということを実感した」,「またやりたい」,「また受けたい」,「もっと勉強したい」という生徒もあった。 また,鳥取大学工学部の物質工学科は,中村麻利子技術専門職員をはじめ,科を挙げての放射線教育の技術支援体制があり,鳥取県の小学校から高等学校の児童・生徒達に多くの学習の機会を提供している。放射線を身近に感じるフィールドワークを通し,放射線や放射能を正しく理解する授業が展開できたと感謝している。 参考文献 1) M.Nakamura, M.Kamata, T.Esaka, "Educational Experement for Students using Natural Radioactivity, ?(Practical Example of Radiochemical Experiment Conducted at Tottori University)", Proceedings of International Symposium on Radiation Education(ISRE98),pp.245-251,(1999) |