受験期の指導は,ともすると入試問題の設問に対する解説が中心の無味乾燥なものに陥りがちではないだろうか。1人1台の学習用端末の環境がほぼ整った今,授業の中で端末をどう活用するかを考えるには絶好の機会と言えるかもしれない。
本稿では,受験期こそ画像や動画をICTを活用することによって,教材をよりリアルなものに近づけ,授業をより効果的にするための具体的な実践例を提示したいと思う。
図1
従来の黒板とチョークによる授業と比べ,ICTを活用した授業の最大の利点は,画像と動画の活用である。どんなに絵心がある教師でも黒板にその単語の絵を描くことは限界があると思われる。しかしながら,ICTを活用すれば,図1のように,単語のフラッシュカードもその単語をイメージしやすい画像を貼り付けることで,学習者にとってより効果的な単語学習が可能となる。単語と対応する意味だけを提示するよりも単語の下に画像を貼り付けるだけで単語のイメージが頭に残り,記憶の助けにもなろう。また,本文中で意味解釈が分かりづらい時にも適切にビジュアルイメージを提示することで,生徒の英文理解を補助的に行うことができる。さらに,動画に関しては,英文理解を飛躍的に円滑にしてくれる効果もある。
ここでは,『Revised ELEMENT English Communication Ⅲ』Lesson 7 Invisible Gorillaの授業におけるICT活用の実践例を紹介したい。
この課の前半では,人間の視覚的注意と認知に関する実験について書かれている。その実験では,被験者は,ビデオの中のプレーヤーが行うバスケットボールのパスの数を数えるように言われるが,本当の意図は,プレーヤーたちの真ん中に登場するゴリラに被験者が気づくかどうかを見ることであった。
この一連の実験方法の該当箇所を英文で読み,解説を行う前に実際に実験に使用された動画(Selective attention test)を視聴させた。以下は,教科書本文の一部引用である。
With students as actors, Dan and Chris made a short film of two teams of people moving around and passing basketballs. One team wore white shirts and the other wore black. Dan manned the camera and directed, while Chris coordinated the action and kept track of which scenes they needed to shoot. They then digitally edited the film, and their students fanned out across the Harvard campus to run the experiment. The students asked volunteers to silently count the number of passes made by the players wearing white, while ignoring any passes by the players wearing black. The video lasted less than a minute. Immediately after the video ended, their students asked the subjects to report how many passes they’d counted. The correct answer was 34, or maybe 35. To be honest, it doesn’t matter. The pass-counting task was intended to keep people engaged in doing something that demanded their attention to the action on the screen. Dan and Chris were actually testing something else: halfway through the video, a female student wearing a black full-body gorilla suit walked into the scene, stopped in the middle of the players, faced the camera, hit her chest, and then walked off, spending about nine seconds on screen.
動画視聴後,教室内は,盛況を呈した。動画を視聴し,内容が完全に理解できた後,もう一度自分の読みが適切であったかどうか,英文を読み直させた。そこでさまざまな単語の使い方や表現方法に気づきがあり,教師はその生徒の気づきを踏まえて解説を行うことができた。動画を使うことで,表面的な英文の文字面がよりリアルな文脈のある単語理解につながったと考える。土田(2017)においても「英語科の教科書の英文と英単語をすべて映像化した授業を展開することによって,多くの学習者の理解力の向上に貢献する可能性が出てきた」としている。
その後,本文では触れられていなかった追加実験動画(The Monkey Business Illusion)を視聴させると,さらに生徒の興味関心を喚起することができた。
動画を活用することで,本文理解にプラスの効果をもたらす一例を挙げたい。次の図2では,moving around and passing basketballs.の2つの現在分詞(~ing)がtwo teams of peopleに後置修飾しているが,映像を見ることによって,moving とpassingがなぜ現在分詞(~ing)であるかをよりリアルに捉えることが可能となるのではないだろうか。
図2
また,アウトプットにも効果的である指導の一例も挙げたいと思う。
図3では,One team と the other の対比の仕方を確認した。この指導の後,映像を元に動画によるリテリング活動に挑戦させた。静止画によるリテリング活動よりも当然難易度は上がり,最初,生徒は悪戦苦闘したが,英語を話す上でよりリアルな状況を作り出すことができた。これもICT活用の1つの効果的な指導と言えるであろう。
図3
さらに,ペアの生徒の1人が動画をもとにリテリングする姿をもう一方の生徒が端末で録画をし,自身の発話をチェックする活動も行った。自分のスピーキング力をモニタリングし,メタ認知能力を高めることは,効果的なICT活用の事例といえるのではないだろうか。
『Revised ELEMENT English Communication Ⅲ』Lesson 4 The Truth about Grit- The secrets of talented people - の授業においては,Post-reading活動として,本文中で引用されていた,ペンシルベニア大学の心理学教授,アンジェラ・ダックワース氏の講演動画(TED talks)を視聴した。本文のテーマとなっているGrit,すなわち,「具体的に長期の目標を設定し,その目標に到達するまで必要なことはどんなことでもする資質」を学んだ後で,アンジェラ・ダックワース氏がどのようにしてGritを測定したのか,あるいは,どのようなことをきっかけにGritを研究することになったのかなどの教科書には載っていない部分を掘り下げると,生徒の関心はさらに高まった。
さらに,Gritに関して自分自身の意見を問う次のようなWriting課題を与えた。
【Writingテーマ】
Is “grit” really the key to success? Write your opinion.
【生徒の答案】
I think grit is concerned with people’s success. The importance of grit can be illustrated by one of the famous Aesop’s Fables of a rabbit and a turtle. A rabbit was able to run faster than a turtle. However, in the end, a turtle won the race. No matter how much talent you have, if not fully used, it is just a waste. This example clearly shows how grit makes a huge benefit. In order to make full use of your valuable abilities, you are required to fully recognize that nothing is accomplished without effort.
※ALTによる若干の修正が入っています。
受験を控えた生徒にとって,Gritについて考えることは,実は英語を学ぶこと以上に大切なことのように思える。このような「生き方」をテーマにした題材を通して英語力を高めていけることは大変有意義であると感じる。
本稿では,ICT活用の指導の一例を提示した。ICT活用というと,操作のことばかりが先行してしまい,機械の操作が苦手な教師にとってはどうしても尻込みをしてしまいがちである。しかし,端末はあくまで授業をより効果的にするための「ツール」にしか過ぎず,教師は端末を「どう活用するか」という視点を忘れてはならない。本稿が先生方の指導の参考となれば幸いである。
土田 友信(2017).『英語科 教科書の映像化による理解の向上に向けて -全員が理解できる授業づくりを目指して-』. 平成29年度 金沢大学大学院修了者研究報告
Selective attention test.https://www.youtube.com/watch?v=P-PP35A0vHw
The Monkey Business Illusion.https://www.youtube.com/watch?v=IGQmdoK_ZfY
アンジェラ・リー・ダックワース .『成功のカギは,やり抜く力』.https://www.youtube.com/watch?v=H14bBuluwB8