生徒の夢を叶える授業を目指して
千葉県立千葉東高等学校 加藤 雅彦
1.はじめに
本校は,毎年卒業生のほぼ100%が大学に進学する学校です。言い換えると,英語習得に対する動機付けは入学前からできているので,授業中にゲームをしたり,歌を歌ったりする学校ではありません。大半の生徒が大学で留学したい,海外でさまざまな国の人々と一緒に働きたい,と考えています。こうした生徒の必要としている英語運用能力をつけてあげられる授業を私は目指しています。
2.目標と実践
1年次
- 英語を多量に使う。細かな語彙・構文よりも筆者や話者の伝えたい主旨を理解することに集中します。意見→理由→説明・具体例・経験→まとめ,という英語論理の基本展開を染み込ませるのが狙いです。ALTにも手伝ってもらい,意見のあとで理由を生徒が述べなかったら“Why?”,理由のあとで説明がなかったら“What do you mean?” “Can you give me an example?”とジェスチャーを交えておおげさに突っ込んでもらいます。また多量に書くトレーニングとして,年間20回つまりほぼ毎週末に journal writingを課します。要するに英語で日記を書かせます。これは提出だけの評価で,教員はそれを読み,感想を1行書くのみです。実はこの課題を通じてその生徒の生活がよく理解できるため,授業をする上で非常に役に立っています。授業や長期休暇宿題等にも,多読や多聴も生徒に課して授業ではペア・ワークやグループ・ワークでたくさん発表させます。
- 2つの科目どちらにおいてもプレゼンテーションを柱とした活動を実践します。「論理表現」前期は 個人発表を,後期はグループ発表をまとめの活動と位置づけています。「コミュニケーション英語」では啓林館の教科書Elementの各課を基本的に4時間で終えています。導入に1時間,part 1 & 2に1時間,part 3 & 4に1時間,そしてまとめに1時間です。導入ではElement付属教材の記事,映像やリスニング教材を示し,そのトピックについて各自が知っている情報や経験をペアで共有し,相手を換えくり返した後,クラス全体で共有します。Elementは付属教材も充実しているので助かります。最後に自分のことや,パートナーについて文章に書いて提出させます。本文を扱う授業では,トピックについて生徒と短いやりとりをしてから,最初に教科書を閉じてリスニングだけに頼って各段落のトピックについてタイトルを選ばせます。macroの内容確認後,microの内容確認に移ります。まず,本文をペアで音読させます。私は机間巡視をし,予習不足生徒のチェックをします。それからTFによる内容確認をします。教科書付属教材は5~7文ですが,それで十分です。問題の答え合わせに時間を費やせば費やすほど生徒の興味は薄れていきます。主体性も失います。本文内容と異なる文はペアで直させ教科書本文では何と述べているか答えさせます。その後全員起立させ,右側に書かれた和訳を参考にしながら,左側本文の新出語を穴空きにした(でも頭文字はヒントで書いてある)ものを1文ずつ交代しペアで音読させます。読み終わったペアから座るので自然と競争になり生徒は助け合って早く読むようになります。ペア・ワークなので予習をしてこなかった生徒は反省します。次は各パートの要約です。付属教材のうち,最初は穴埋めから始まり年度の終わりに近づくにつれて順次Q&A,最後にkey wordsをもとに要約させます。慣れてくると要約の時間をかせぎたいために生徒はその前のペア音読をできるだけ速く済ませようとするようになります。要約の後は生徒に読んだ内容を踏まえて意見発表をしてもらう時間です。ここでは,ある場面での登場人物の心理を聞いたり,話のその後を連想させたり,筆者がなぜこの文章を書いたのか考えさせたり,もし生徒がその登場人物だったらどう対応したかなど,この記事をお読みになっている先生方が実践されているようなことを私も行っています。ペア・ワークでワイワイ共同作業をさせ,笑いが何度か起こった後で,カツカツと生徒の文字を書く音以外は静かな時間が5分経って,生徒が自分の発言内容を紙におこして提出させたらその授業は終了です。4時間目のまとめの授業は最も私が期待している授業です。本文をもとに生徒に演じさせたり,レッスンのトピックについて解決策を述べさせたりする時間です。1課の落語では,ペアで生徒なりのpunch lineを用意させ,練習時間を与えた上で,演じさせました。2課ではクリスチャンとの再会の場面を生徒なりにシナリオを書いて演じさせました。生徒は笑いを取ったりして,楽しく取り組みます。「解説文を読めば理解できることは授業中説明しない。予習をした人が楽しくできる授業を目指している。」と常々生徒には伝えてあります。英語が苦手な生徒は質問あるいは相談に英語科へ来た際,日本語で個別指導を行っています。音読は非常に重要であることを生徒には伝えます。毎日15分間要求しています。生徒が音読を実践しているかは授業中のペアで音読する様子で確認し,更に各定期考査答案返却時に実施するグループごとの音読テストで確認しています。
- 生徒の英語活動の題材は,生徒の身近なものを選びます(家族友人から始まり主に千葉県内地域社会まで)。理由は簡単です。生徒がデータを調べないで英語発表できるようにするためです。中身の要求レベルは低くし,英語を使って楽しく活動させ,英語嫌いを減らすためでもあります。
2年次
- 英語を正確に使う。高校英文法は2年次前期で一通り学習を終了します。英単語テストは1年次に,英熟語テストは2年次にそれぞれ1冊ずつ教材を終了します。和文英訳の授業は2年次に1冊終了します。覚えた語彙・熟語・構文を使って,読んだり聴いたりした内容について,自分の意見をペア・ワークで相手に口頭で述べたりエッセイにしたりしますが,1年次と異なり細部にこだわってピア・チェックさせたり,教師によるエッセイ・チェックを入れます。私は英文法について黒板を用いて説明することはしません。生徒が提出した課題を読み,語が不足している箇所にはⅴを,文法ミスやスペリング・ミスは下線を引いて生徒に返却し,個人であるいはペアで訂正させ,なぜ間違えたのか説明させます。私は「その通り」「まだ違う」と答えるだけです。正解が出なくてもそのまま授業を終えます。生徒の自主性を育てるためです。悔しい生徒は自分で調べて後日質問に来ます。私はそれを次の授業にて短時間で取り上げ,その生徒を褒めます。生徒のぶつかる英語習得の壁にはいろいろありますが,文法に関しては,自動詞他動詞の区別あるいは可算名詞不可算名詞の区別から始まり,文法ミスにもさまざまなレベルがあり「文法的には間違いじゃないけど,言葉は数学とは違って人間が使う道具に過ぎないので,間違ってなくてもネイティブはそうは言わない表現は間違いだ」といったことにも気づくようになります。英文の細部まで文法にこだわって理解せずに音読していても英語力が伸びないことに気づく時期でもあります。
- 2つの科目どちらにおいてもディベートを柱とした活動を実践します。生徒も,同僚もディベートを授業で行うのは嫌いです。私も面倒臭くなることがよくあります。しかしディベートは論理的に自分の意見を述べるためにも,説得力のある証拠を見つけるためにも,非常に重要なトレーニングだと私は考えています。質問に答えることはできても,自ら相手に質問をすることが苦手な生徒はチーム・メートと論理的に質問をする良い機会になっています。エッセイを書く際も,説明不足で内容が飛躍してしまっている生徒もチームで論理的に述べるディベートの中で助け合うことで改善することができます。自分とは反対意見の主張を試みることで,essay writingにおいて “Some people say that ~, however, that is not true because ~.”といった文が書けるようになります。ディベート,更には英語の論理的思考において,証拠収集を進んで行う生徒は2年次に飛躍的に速読力・語彙量が増えます。
なぜなら証拠収集時に自ら速読する事と,長文読解・listening・essay writing・実用技能英語検定面接等で必要とされる事が同じであることに気づくからです。証拠収集においては,将来大学や留学でもデータ収集が必要とされるため,どういったハイパー・リンクを探すか等収集方法についても,ALTとのティーム・ティーチングで教えます。英語の論理に基づいて型にはめたコミュニケーションを染み込ませるのは容易ではありません。指導した人にしかわかりません。でもこれを経験することで,生徒の英語力は伸びるようです。
日本人教師が単独で担当するCommunication EnglishではElementの各レッスン・トピックについてディベートをし,team-teachingで行うEnglish ExpressionではElementで扱われていないトピックを選びディベートを行います。初期の段階ほど,教師がリサーチして印刷し生徒に提示しますが,慣れていくにしたがって最も重要な証拠集めを生徒に課すようにします。
- 生徒の英語活動の題材は,レッスンのトピックにもよりますが,1年次の地域社会から広げて,2年次は全国的な視点で考えさせるようにしています。ディベート活動を通して意見主張をする時など,千葉県内でも1年次に地域差があったのに,全国的な視点になると更に地域差が見られることに,証拠収集をすると生徒は気づくようになります。
3年次
- 英語で深く自分の意見を述べる。1年次に英語を速く多量に使うことに慣れ,2年次に英語を正確に使うことに慣れたら,3年次には大学レベルの内容・型・量・正確さ・語彙・構文で読んだり書いたりができるようになることに焦点をあてます。高校で各教科に関する知識も増やした生徒は,学年が進むにつれて背景知識が豊富になります。級友とのペア・ワークで常に互いに刺激を受けています。あちこちで「あっ,そっか!」「なるほどね!」(英語で言えれば更に良いのですが)といった声が聞こえます。私の授業では,発表に先立って行うペア・ワークでパートナーから聞いたアイデアは自分の物にして構わない,と指示しています。idea generationのハードルを下げることによって英語運用力に集中してもらいます。問題の指示に従っている限り,アイデアの面白さは大学入試の評価材料にはならないからです。ただ,英語運用上のルールには従う必要があります。アイデアは出し惜しみをせず,友人と背景知識を出し合い,自分の言葉で相手に伝える姿勢を3年次には大切にします。これは皆で協力して受験にチャレンジする姿勢にもつながります。大学に入ってからのグループ研究でも役に立つはずです。
- 2つの科目どちらにおいてもディスカッションを柱とした活動を実践します。2年次,型にはめたコミュニケーションであるディベートを叩き込みますが,3年次には与えられた問題に対して,自分とは異なる立場の意見にも耳を傾けながら,全員で最善の解決策を生み出すという作業,つまりディスカッションに焦点を当てます。ディベートでは勝敗が付きまとうのですが,ディスカッションでは勝敗がなく,みんなで協力できるので好き,と多くの生徒は言います。でも実際に行ってみると,型にはまっていない分,作業に自主性と責任が要求されることに生徒は気づきます。そしてディスカッションの方が難しいことに気づきます。解決策がうまくいくかどうか判断するためにリサーチをする過程で世界の地域ごとに状況が異なることにも気づきます。この様々な気づきに対して自分たちのもつ背景知識や調べた証拠で対処していきます。私も彼らの考えを深めるためにわざと意地悪い質問をします。そうして話し合った後で彼らの書くエッセイには,内容の深さにおいて変化が見られるようになります。
- 生徒の英語活動の題材は,世界的な視点で考えなければならないものを扱うようにしています。Element の内容も世界規模のトピックが増え,様々な問題提示がされています。そうした視点に生徒たちは卒業までに次第に慣れていきます。
全学年
- 「英語の授業を本校では英語によって行っています」と夏休みの学校説明会にて中学生に伝えています。このことは4月最初の英語科会議で着任英語科職員に伝えます。これにより全英語科教員が授業を英語でせざるを得ないことになります。難しい語は黒板に和訳を書いて補っています。
- 授業で用いるハンドアウト,定期考査問題,シラバス,各定期考査までの中期目標は,担当者全員で共有しています(作成分担は各科目学年チーフが割り振ります)。各担当者が同僚にこの情報を隠して授業をすると,進級時に生徒が混乱するからです。エッセイの評価基準や生徒のプレゼン評価基準等担当者間で意見の衝突は見られますが,結果としてバランスのとれたシラバスに収まっていると私は考えます。Two heads are better than one. というわけです。
- 答案返却時に,次の定期考査までの授業予定をSNS等で提示します。これによって,「先生,今日何やるの?」という生徒はいなくなります。また,限られた回数の授業の中で生徒は,どの教材でどのような目標のための授業が行われるか事前に知ることになり,前向きな生徒ほど各回授業に向けた準備がし易くなり,授業だけでは達成不可能な自分の目標(例えば実用英語技能検定1級取得)に向けた個別指導を早めに依頼しに英語科に来るようになります。
3.まとめ
私が定年退職までに授業ができる時間は限られてきています。即効性を持った(資格試験合格など)授業や,生徒の卒業10年後に役立つための(ディスカッションなど)授業など様々な授業をこれまで目指してきました。しかし,実際その成果があったのかは実はよくわかりません。確かめる機会は,卒業生と飲みながら思い出話を語る時くらいです。私のつたない文章をお読みになった先生方のお役に立てたでしょうか?先生方ともどこかでお会いし,失敗談等教員どうしでしか語れない場に今後出会えたらいいなあと思いながら文章を閉じます。お読みいただき,ありがとうございました。啓林館の皆さま,私に振り返りの機会をご提供いただきありがとうございました。