埼玉県立熊谷高等学校は埼玉県北部にある120年を超える歴史を持つ伝統的な男子校です。自由と自治の校風溢れる生活環境の中で,素直で真面目な生徒たちが伸び伸びと日々勉強に励んでいます。英語学習に関しては,やはり大学受験を重視する生徒が大半である一方,入試改革に伴い実用的な英語4技能の習得に意欲を示す生徒も増えています。
一方で,現行の大学入試を意識するあまり英語4技能習得に対する意義や動機が希薄な生徒も存在するので,いかに普段の授業でバランスのとれた言語学習を行えるかが課題となっています。
知識構成型ジグソー法をはじめとする数多くの協調学習を取り入れていますが,その一つとして非常に有効であると実感できたのがオーセンティック教材を活用した自己関連的活動です。英語4技能をバランスよく鍛えられるだけでは無く,実際の英語仕様環境を再現して言語活動を行うので,英語の必要性を実感させ,学習動機向上にも有効であることが見えてきました。
ご存知の通り,世の中に実際に存在し,教育目的に作られた教材ではないものを指します。それらを言語活動の材料として扱います。例として,旅行代理店のパンフレット,新聞,ポスター,天気予報,地図などが挙げられます(webや動画コンテンツも可能)。海外へ出向く際は,現地からそういった材料を持ち帰り,実際の授業で活用しています。これらを用いることでクラス空間に実にリアルな英語環境を再現でき,生徒たちは英語使用の必要性を肌で感じることができるのです。
生徒の声:「現地ではこのような形で英語が使われているんだとわかった。」
生徒の声:「観光案内の内容を理解できないと旅行先で困りそうだと思った。」
生徒にとって身近で実際に発生し得る状況・場面を想定した言語活動を指します。オーセンティック教材と合わせて実施することが理想であると思いますが,自己関連的活動だけでも十分に効果はあると実感しています。
オーセンティック教材と合わせて行う際は,その教材の使用目的を想定した上でできるだけ生徒にとって現実的だと思える言語活動を設定します。
例えば教材が実際の旅行パンフレットであれば,「グループで次の春休みに行きたい場所をパンフレットから選び意見を出し合いながら決定する」という自己関連的活動を設定し,言語活動に必要な重要表現等を既習の文法・表現等を用い事前に教え,練習した上で活動させます。つまり実際の英語使用場面を教室内で摸擬的に再現するのです。活動をより現実的にするためにも,「予算」「期間」「時間」「やってみたいアクティビティ」などの要素も含ませます。
生徒にとって現実的で身近な活動を設定することで,オーセンティック教材と相まって英語を使うということに対して納得力と緊張感のある授業になります。
生徒の声: 「活動を進める中で相手の意見と自分の意見に折り合いをつけなくてはならない場面があった。いろんな英語表現や文法を知っているだけではなく,使えるようになりたい。」
生徒の声: 「現地に行ったら簡単なことでも英語でちゃんと伝わるか心配になった。」
生徒の声: 「実際に英語を使わなくてはならない状況だった。使うことで英語が身につきそう。」
例:英語版観光マップをペアで見させ,生徒A(観光客)が行ってみたいと思う場所までの行き方を生徒B(観光オフィススタッフ)に訪ね,生徒Bはマップを分析し,最も簡単に目的地まで到着できる行き方を生徒Aに英語で伝える。
例:英語版不動産情報誌(ニュージーランドオークランド市内)をペアで見させ,「ニュージーランドオークランド大学に6ヶ月留学する間どの物件に住みたいか」という活動を設定し,場所・予算・物件タイプ・学校までの近さ等の要素を鑑みペアで協議しながら物件を決める。
例:「環境問題」が単元のテーマであれば,教科書単元で学んだ環境改善活動における重要点と,自然環境保護活動を行なっている団体のWebページと活動内容を説明する動画コンテンツから学べる重要点を踏まえた上,グループで「熊谷高校生として身近に出来る環境改善活動は何か」を考えさせ,口頭発表および英作文させる。
兄弟校Southland Boys High Schoolのあるニュージーランドインヴァーカーギル市へ短期派遣で行く直前の授業で,実際の観光パンフレットを使った言語活動を行いました。熊谷市とインヴァーカーギル市は,平成5年4月20日に姉妹都市提携を行い,その後は様々な相互交流を活発に行なっています。本時の授業を行なった年は,20名の熊高生が兄弟校へ2週間派遣されました。
インヴァーカーギルから近い観光名所であるスチュワート島のアクティビティブックをオーセンティック教材として使い,「スチュワート島で一日観光するとしたらどんなアクティビティをしたいか」を自己関連的活動としてペアで取り組ませました。活動には情報を細かく理解するために以下のような制限を設定:「スチュワート島を観光する日」「観光できる時間」「予算」
クラスルームイングリッシュは日頃の授業で練習し,ある程度の表現は言えるようになっていますが,言語活動で必要になるであろう英語表現は必ず提示し,活動直前に一斉練習をします。
本時であれば,
What do you think about this activity?
- Yeah, I think it is nice.-
- Nah, let’s have a look at different one, because I don’t like (animals).
I want to try this activity, because I like (nature).
- Sounds good! I want to try it, too.-
- Not for me, because I hate (walking).-
などとなります。
英語4技能のうち今回は「書く」技能を除いた3技能型の言語活動ではありましたが,生徒は実際のパンフレットを使い,自分がこれから訪れるであろう場所のアクティビティを決めるということで,非常に前向きに英語だけを使い活動に取り組んでいました。アクティビティを決める上での制限を設けたことで現実性が高まり,アクティビティの詳細をじっくりと読んで理解しようとしていた様子が印象的でした。
今回の活動は「やってみたいアクティビティをペアで話し合いながら決める」という内容でしたので,このオーセンティック教材を使って次に行う言語活動は,「実際にペアで決めたアクティビティの予約をしてみよう」という自己関連的活動とし,ペアで客と観光スタッフのロールプレイを行います。
対象は2年次理系クラス40名で,科目的に文法ベースの授業が中心でしたが本課の既習文法事項を用いて英語4技能活用型の授業を行いました。本課の内容が「科学技術の利用」で理系の生徒は大いに興味を示していたので,その繋がりから「今後のAI時代を生き抜くために我々に必要な技能は何か」を課題としました。教授法としては埼玉県教育委員会と東京大学CoREFとが共同で研究を進めている知識構成型ジグソー法を用いました。
当方は,埼玉県と東京大学CoREFより認定された知識構成型ジグソー法を用いた協調学習マイスターとして,毎年この指導法の研究や指導に関わっております。
ジグソー法を簡単に説明すると,課題の答えを出すために必要な3つの別々になった材料(英文と資料)を読ませ,それぞれ異なる材料を読み内容を理解した生徒3名ずつが1つのグループを形成し,お互いの材料の情報を交換し,組み合わせる事で課題に対する解を導くという教授法です。
本課の内容が「科学技術の利用」で理系の生徒は大いに興味を示していたので,その繋がりから自己関連的活動は「今後のAI時代を生き抜くために我々に必要な技能は何か」としました。AI時代について日頃から多く耳にし,自らの将来の事として身近に捉えている生徒が多い現状は,自己関連的活動としてまさに適したものだったと感じています。
オーセンティック教材は,AIに関してリサーチベースで説明している英語webページの「20年後にAIに代わられてしまう職業リスト」と「20年後もAIに代わられない職業リスト」,英語文献から「AIの長所と短所」を活用しました。難しい表現や単語等には必要に応じて注釈を付け,彼らの能力で読んで理解できるように手を加えました。
それら実際に存在する3つのオーセンティック教材から得た知識・情報を活用して答えて欲しい解答は,「AI時代を生き抜くためには,伝達力,問題解決力,協調性,創造力,交渉力,そしてロボットを安全に管理できる知識である」とし,これらの要素を一つでも多く満たすことを評価の基準としました。
本時の様な内容の高度な課題に取り組む際も,言語活動で必要になるであろう英語表現は必ず活動直前に一斉練習をします。
本時であれば,
My article is about …
According to it, A (job), B (job), and C (job) will be taken over by AI in the near future.
I think we need A (skill), B (skill), and C (skill) to survive in the age of AI.
活動中,各自の材料内容を説明する場面において,内容とその情報を示した図を正確に読み取り,苦労しながらも相手に自分の英語で伝えている様子が印象的でした。グループとしての解を出す際には,自分の意見だけではなく相手の意見も含め,課題を自分たちの事として捉えながら様々な視点で話し合う様子は観察していて嬉しく思いました。
ジグソー法を用いて授業をする時は,生徒の学びの変化を観察する為に,同じ課題を本時の前後に取り組ませます。
本時の前は「IT機器やロボットを開発する力」などと答える生徒が多く見られた一方,本時の後では「創造力」,「協調性」,「ロボットを安全に管理できる知識・能力」と答える生徒が目立ち,中には「判断力」や「交渉力」と言った解も導けた生徒もいました。
生徒 | 授業前 | 授業後 |
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1 | I think that getting abilities which is making the machine is very important. Because when the world become automation, we can work. | We need skills which are communication and imagination. Because machine cannot do communication. So, if machines do a part of occupation, machines would be afraid for humans to injure. And machine cannot do over the programmed by humans. |
2 | I think we human need skills to operate machines properly because we will leave the management of money, system and so on to the machine, so we must not operate it wrongly. | I think we need to think which works or chances they should be automatic and treat robots properly, because there is a thing suitable for the automation by works or chances. Also, robots can be designed for warfare, so robots are very hazardous to people. |
3 | I think that we can be able to use a computer, because a lot of things will be performed on computer in the age of automation. And I think that we need to have concerns about society. The world will be more convenient. However, we should think what we can do. We should not depend on computer. Because if it doesn’t work, we won’t do anything. | At first, I think that we need abilities to know information about machine and to use it. Of course, they are important. But I found a new idea from discussion with my friends. It is an ability to create originality. Machines and computers can copy a lot of things. But I thought they couldn’t create new things and they don’t have personality. So if we depend on automation, it may stop advancing a lot of things and contact’s warmth may be lost. So I think we need abilities to have own ideas and to connect a lot of people. |
*実際の生徒の成果物(ライティング)生徒が書いた原文のまま載せています
数年前,別の学校で英語を教えている時,生徒に突然聞かれたことがありました。「先生,なんで俺らは英語勉強しなきゃならないの?必要性を感じないんだけど。」と。「将来絶対に必要になるから」や「グローバル化の進む時代が…」などと答えても到底理解してくれそうにない生徒たちを目の前にして,確かに普段の生活で英語の必要性を感じていない生徒に対して一体どうやって英語の必要性,せめては楽しさを教えてあげられるのかと悩みました。そして出会えたのが授業内でオーセンティック教材を使い自己関連的活動に取り組ませることでした。実物に触れ,実物を使って実際に想定される言語活動を行うということは,生徒にとって英語習得に対して納得のいくことであり,非常に大きな動機付けとなると実感しています。