高等学校の教科書・教材|知が啓く。教科書の啓林館
英語

Pull Someone’s Leg
人をからかう

旭川工業高等専門学校名誉教授
北海道教育大学非常勤講師
十河 克彰

 “Pull someone’s leg” の直訳は「人の脚を引っ張る」です。ところがご存知の通り、この英語慣用句の意味は、実際に人の脚を引っ張る行為ではなく、「人をからかう」です。日本語でも、足を実際に引っ張ることではありません。「他人の成功や前進を陰でひきとめ、邪魔をする。また、物事全体の進行のさまたげとなる。」(広辞苑、第五版)です。表現が全く同じなのに、意味が異なる典型です。「ところ変われば品かわる」の最たるものです。

 実は私、人の足ではなく、子牛の足を引っ張った後に、足を引っ張られた経験があります。所は、カナダ、アルバータ州カルガリーです。アルバータ州は、牧畜が盛んで北米有数の食肉生産地です。カルガリー近在にも牧場がたくさんあります。毎年2月に子牛が生まれ、雄であれば5月に去勢されます。肉質が良くなり、飼育しやすくなるのだそうです。

 友人に誘われ牧場見学に行った時のことです。見学先の牧場では、たまたま近くの牛飼い農家のおじさんたちが協同で、子牛の去勢をしているところでした。回り番で、協力して作業をするのです。獣医師なんていません。手先の器用なおじさんが手術を担当します。180度回転する台に子牛を乗せて、グルっと半回転、仰向けの状態にして手術をします。時間にして10分くらいですが、その際、子牛の後ろ足にロープをかけて引っ張る役がいると作業がはかどります。でも、日本の田植え作業と同じで、猫の手も借りたいくらい忙しいのに、人手が足りないのです。カナダはもともと人が多くありません。見学のつもりが、子牛の足を引っ張ることになりました。

 作業後、牧場主のおじさんが、摘出した睾丸を料理して食べさせる、と言います。なんでも、Rocky Mountain Oysters、とか Prairie Oysters とかいう洒落た名前の料理で、一度食べたら止められない絶品と講釈します。本場「ロッキーの牡蛎、大草原の牡蛎」か、私はこのたまげたネーミングにすっかり興味を持ち、真剣にその講釈を聞いていました。その時、当のおじさんが、他のおじさんたちに、“I’m pulling his leg.” と早口で言ったのです。きっと、この慣用句を知らない、と思ったのでしょう。

 その日の夕刻、上等なステーキとビールが振舞われました。その席で、日本にも “pull someone’s leg” という慣用句があるが、意味が違うと説明し、私は去勢作業の妨げにならなかったか、尋ねてみました。

 おじさん曰く、“You’ve done a good job pulling the calves legs, not my leg. Thanks!”