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英語

Eat Humble Pie
ハンブルパイを食べる

旭川工業高等専門学校名誉教授
北海道教育大学非常勤講師
十河 克彰

 アップルパイ、チェリーパイ、パンプキンパイ。それに、ミートパイにピザパイ。パイは種類が豊富な上に、美味しく気軽に楽しめることから、多くの国々で人気の高い食べ物になっています。そんなパイですが、19世紀に、どんなに空腹でも食べることにならないよう注意したいパイが出現しました。

 中世の時代、“numble” とか “umble” とかいうパイがありました。鹿の臓物、すなわち鹿の肝臓、腎臓、心臓、腸などをリンゴ、スグリの実、香辛料と一緒にパイの皮にのせて焼いた17世紀の英国料理です。当時の英国は、荘園制が長く続き、小作人や召使は臓物や野菜しか食べられませんでした。肉は領主や地主のもので、身分の低い人たちは臓物で我慢しました。ですが当時、“Umble pie” は一般庶民に、この上ないご馳走であったのは確かなようです。英国海軍官吏Samuel Pepys (1633-1703)は、1663年7月8日付の日記に次の一文を残しています。

“Mrs. Turner came in and did bring us an Umble-pie hot out of her oven, extraordinarily good.” (Samuel Pepys diary on July 8, 1663)
「ターナさんのおかみさんがやってきて、焼きたてのアンブルパイを持ってきてくれた。とても美味かった」

筆者訳

 “Numble” は食用可能な動物の内臓のことで、“Numble pie” の名称は、上記引用文中の “Umble pie” に代わり、19世紀に “Humble pie”(身分が低い、卑しいパイ)に落ち着きました。それ以来、“Eat humble pie” で、「自分の誤りを渋々認める、屈辱的なことに甘んじて謝罪する」の意味で使われるようになりました。

 ところで、“Humble pie” は、最近、政治家の間で人気のパイになっているようです。

“Not a few local lawmakers ate humble pie after having received cash from the former justice minister.”
「少なからぬ地方議員が前法相から現金を受領後、自らの非を渋々認めた」

食べることのないようにしたいパイなのです。