専門が細分化され過ぎた医学界に,専門を問わずどの科でもOKの医者,general practitioner,家庭医の大切さを説くため,アメリカから旭川に来られた人がいました。Harvard出のDr. Baginskyです。英語教育に関心のある氏は,英語教師の会で話をしてくれました。医者として旭川に来て驚いたことがあると言います。ある患者が,いとも簡単に,緊急性のさしてないと思われる脳の手術を受けたのです。このことに触れた博士のコメントです。
"I am wondering Japanese people think doctors can walk on water."
「医者は水の上を歩けると,日本人は思っているのだろうか」が直訳ですが,本当の意味は,「医者は神様だと,日本人は思っているのだろうか」,です。神は失敗しません。しかし人間は失敗することがあります。
"To err is human, to forgive divine."
と言う格言があるほど,人間の業は100%間違い無し,と言うわけには行きません。
この「水上を歩く」,と言うイディオムの由来は聖書です。イエスが水の上を歩いているのを目の当たりにした弟子たちが,驚き恐れたと言う記述があります。マタイ14:26です。このことから,「水の上を歩く」が神を意味することになりました。ところがキリスト教国ではあまりにも有名な話ですので,私の手元にある,2,3の英米の辞書にも,日本の英和辞書にもこのイディオムは記載されていません。
110年ほど前,漱石は横浜から,船でロンドンに向かいました。50日ほどかかりました。大正の時代に入っても,ヨーロッパは遥か彼方の向こうにありました。「ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し」,と萩原朔太郎も嘆きました。「今は,半日ほどでロンドンに行けます」と,言っても,110年前の漱石先生はそんな話は信じないでしょう。12時間ほどで日本からUKに行けるなどと言う,コメントに対し漱石先生は,
"When do you start walking on water?"
「人間は何時から神になったのか」
と,愚かな事を言うなと,取り合わないと思います。何せ,ライト兄弟が空飛ぶ機械の飛行を成功させる前のことです。今,亜音速で世界主要都市間を飛び回る定期便があるなど,当時の人には,空想の世界でさえあり得ない事だったでしょう。
50日と12時間を比較すると,100分の1になります。110年後,この比率で時間が短縮されると仮定して計算すると,ロンドンまでの所要時間は7分2秒です。人はロンドンに7分2秒で行けることになります。まさか,今度は我々がそんな話は信じません。
You will never be able to walk on water.
人は神にはなれないのですから。