表題,"He can't carry a tune in a bucket." は「全くの音痴である」のくだけた表現のイディオムです。水,ジャガイモ,生卵等を素手で運べば一度に運べる数,量はほんのわずかです。火事が発生し,素手で水をすくって運んでも,消火に役に立つとは思えません。しかしバケツとなると,例え小さなバケツ一杯でも,初期消火なら大いに役に立つかと思います。大量に,米でも,生卵でも,なんでも運べるバケツに入れても,この男はtune/音調を運べない。すなわち,「全くの音痴だ」と言うわけです。Carryには,運ぶの他に,歌う,演奏する,の意味もありますので,このイディオムはpunです。調律を要するピアノは, "This piano is out of tune."です。
Carry は正確には,「身につけて何かを移動する,運ぶ」の意味です。背に担ごうが,風呂敷に包もうが,体内に入れてだろうが,地上に触れず,運ぶこと,持ち歩くことです。運ぶ人と,運ばれるものは,一体となって,移動します。An HIV carrier と言えば,即,理解できるかと思います。歌はあなたの体内にあり,それを,口から出すのが,歌うことです。Tuneは「歌・音調・音程・調べ」です。一度にたくさんの物を運べるバケツに入れてさえも,tuneを運べない,すなわち,音痴である」と言う意味です。
英語には英語のtune/音調があります。英語も日本語も音調言語ではありませんが,関西弁には関西弁の音調があり,東京弁には,東京弁の音調があります。音調が少しでもずれると,変な日本語に聞えます。英語の音調から外れて,英語を話す人を評して,"He can't carry a tune in English." と言います。さしずめ私もその一人です。北海道で生まれ育った私が,一年や二年,神戸で暮らしても,尾道弁,大阪弁,神戸弁と微妙な違いなど,到底分かりません。真似をして,無理して使うと,"Your Kansai accent is out of tune." と言われます。
ドイツ語もフランス語も韓国語も中国語も,これはドイツ語だ, フランス語だ, 韓国語だ,とか,私たちは耳で何とか識別できるのは,それぞれに独特の音調があるからです。浪花節なのか,ご詠歌なのか,お経なのか,語られている意味など分からずとも,識別できるのは,音楽として,音調として聞きその差が分かるからです。
Everybody I met with carried a tune in Kansai accent.
私が神戸滞在中,お話した皆さん,誰一人として,関西弁の音調を崩しして話す人はいませんでした。あの微妙な,歌より複雑な関西弁を話せるのなら,歌なんか軽いものだと思います。生まれも育ちも関西の人なら,関西弁の音調を外して,話す人はいないのだから,関西には,音痴はいないはずだ,と主張する人もいます。