1.はじめに
本校では2年生の夏休みに,大学や企業の研究室,各種施設の訪問を実施している.自動車やバイオ関係の研究室,また,マスコミ関係や裁判所,歴史関係の調査研究施設等を見学し,進路選択の一助にしている.今回は,岡崎共同研究機構生理学研究所(以下,生理研)の訪問研修を取りあげ,世界最先端の研究に触れ,生徒の興味・関心を高める工夫について述べる.
2 予備講義
生理研での講義は「脳と歩行運動」,研究施設見学は生体膜の物質輸送に関する研究室と磁気による脳の実験施設である.参加生徒は,文型生物選択者1名,理型生物選択者15名,理型物理選択者15名の計31名である.物理選択者は当然のことながら,生物選択者でもこの時期は「刺激と反応」の分野は未履修なため,1時間程度の講義と解剖実習を学校で行った.使用したプリントのタイトルを以下に示す.
1 ニューロンには3種類あり,連接部をシナプスという.
2 脊髄は背骨の背中側にあり,簡単な情報処理を行う.
3 屈筋反射
4 膝蓋腱反射
5 興奮促進性ニューロンと興奮抑制性ニューロン
6 脳と脊髄
7 脳のはたらき
特に5について後の生理研での講義内容を予想し,比較的ていねいに取り扱った.また,生体膜の物質輸送に関する研究室訪問に備え,静止電位・活動電位発生のメカニズム(ナトリウムポンプ,ナトリウムチャネルなど)の説明も加えた.さらに,磁気による脳の実験施設見学の興味づけに私の頭部CT像(写真1)を使い脳や眼球の断層面のようすを観察し,ブタの脳の解剖実習に入った.
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写真1 CT像
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3 ブタの脳の解剖実習
食肉店からブタの頭部を入手する(1個500円程度).頭蓋骨に脳を取り出しやすいようのこぎりで切れ込みを入れてもらっておく(写真3).この処理でかなりの実験時間の短縮になる.解剖にあたっては薄手の手袋(薬局で50枚800円程度,手に密着するタイプのもの)を着用した.(写真2)
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写真2 実習風景
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1 視神経を切断し,脳を取り出す.(写真4)
2 脳を横断面で切り離し(大脳,小脳,脳幹等の観察),一方をさらに縦断面で切る→皮質,髄質が色の違いで見事に観察できる.
3 眼球の摘出→頭蓋骨から切り離す際,眼球の周りの筋肉を根気よく切り離すことが必要.
4 視神経,レンズ,虹彩,網膜,盲斑の観察.
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写真3 右側面.鼻は切断されている.額中央に,のこぎりで切れ込みが入れてある.
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写真4 メスで視神経を切断
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外部形態を肉眼で観察するのみであるが,特に物理選択者にはリアルな脳や眼球はかなりのインパクトがあった.直接脳に触れることで生命の不思議さに大いに感動し,次の生理研の訪問となる.
4 生理研訪問
(1)講義
テーマは「脳と歩行運動」.ニホンザルを用いての二足歩行に関するスライドによる講義(写真5).専門的な内容もわかりやすく説明され生徒も予備知識があるため理解度は高かった.特にビデオによる二足歩行の実験の説明は,生徒の視線が釘付けになった.担当教授の方は,高校生に話をするのは初めてということであったが非常に親しみやすくわかりやすかった.こういった企画で常に問題となるのは生徒のレベルと講義のレベルのギャップであるが,毎年訪問後,生徒のアンケートや体験レポートをフィードバックしていることもあり非常にマッチしたものであった.
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写真5 教授による講義
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(2)研究施設見学
軸索における記憶のメカニズムに関する研究の説明と実験装置の見学(写真6),磁気による脳の研究施設の見学(写真7)を行った.地球の磁場の数千分の1という脳の磁力を測定する数億円の機械の前で多くの生徒は息をのんでいた.
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写真6 軸索の観察
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写真7 生体磁気計測装置 |
5 体験レポート
施設見学後2000字程度の体験レポートを提出させた.いくつか内容を抜粋すると,まず,学校からこんな近いところに世界的に見ても最先端の研究を進める機関があることに関する驚きや直接研究員の方から講義を聞いたり施設を見学できたことに対する満足感をあげる生徒が多かった.また,最近人気の心理学と大脳生理学の関連にふれたレポートもあった.さらに,医学部をめざす生徒からは,ニホンザルの二足歩行の講義を聞き,高校での生物,物理,化学の3科目の学習が必要不可欠であることを痛感したという感想もあった.体験レポートのいくつかは生理研の機関誌「せいりけん」にも紹介され所員の方々からも高い評価をいただいた.
6 おわりに
今回の大まかな流れを以下に示す.
予備講義−
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基本的内容の理解(学校)
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解剖実習−
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直接経験による興味づけ(学校)
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講 義−
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最先端の研究内容の紹介(生理研)
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↓
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施設見学−
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講義で聞いた最先端分野を
研究する機器や実験の説明(生理研)
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↓
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体験レポート−
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研修のまとめ(自宅)
感想を研究施設にフィードバック
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予備講義や解剖実習で興味・関心を高めておくことも大切だが,講義の依頼の際に生徒の知識レベルを十分に伝え,最先端の内容をできるだけ容易に説明してもらうことが重要である.また,体験レポートに代わり,パネルディスカッションやディベート等で意見交換を行うことでより一層充実した展開も可能である.
今後は,生徒が自主的,主体的に活動する方向で実施し,総合的学習の時間とも関連させ,進路選択の一助となるよう工夫していきたい.
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