授業実践記録

数学「授業実践記録」基礎基本の指導 〜選択数学の時間における工夫と実践〜
岡山県倉敷市立東陽中学校
見尾 美恵子

1.生徒の実態

 我校の3年生の選択教科は週3時間。五教科・実技教科各1時間は必須という条件のなかで,数学「1・2年の復習」の講座を希望した生徒は本年度28名である。28名へのアンケートから,彼らの8割強が,「数学は苦手である」と思っており(グラフ1),そう感じる理由として上位を占めた項目は表1の通りである。文章題や証明など,数学的な考え方が必要な問題や応用問題,また,日常生活と余り結びつかない関数関係などは,一般に生徒にとってやっかいな領域として捉えられており,数学に苦手意識を持つ生徒にとっても,上位にくるのは当然の結果といえる。しかし,基本となる公式や計算において,半数以上の生徒が苦手意識を持っているという結果に驚いた。

 更に,「数学は計算力が必要だ」と思っている生徒は90%(グラフ2),「計算が速くて正確だと,数学には有利」と考えている生徒は95%(グラフ3)に達する。

 表1とグラフ23のことから,この講座を選択したほどんどの生徒が計算力の必要性と優利性を感じているにも関わらず,その手当が充分できていないことが分かる。

選んだ理由は・・・・
基礎をあいまいに覚えていたり忘れてしまっているところがあったので,それを分かるようにするため
基礎ができないから
前よりかなり計算力が落ちたため
1年生や2年生の頃の数学を余り聞いていなかったので,この選択の授業で,1.2年生の頃の内容を復習しようと思ったから
1・2年の時に数学が余りできなくて,それが今でもできないままになっているから
計算が苦手だし,復習をするのにもいいかなと思ったから
数学だけが本当に苦手で,なんとしても数学を苦手から得意にしたかった。そこで,基礎を身に付けてそこからスタートしようと思った。
計算をもっと速く正確にしたかったから

 また,このことは,生徒達の「この講座を選択した理由」(左)からの記述からも見て取ることができる。

 「1・2年の復習」「基本」「基礎」の言葉が多いのはもちろんであるが,「計算」「正確」という言葉もかなり目立つ。1・2年の復習に加え,計算力アップも生徒達にとって重要な関心事で,何とかしたい事項なのである。
 

2.指導のねらい

 今年度選択数学を選んだ生徒の実態とニーズの両面から検討し,「計算力アップ」と「1・2年の基礎学習」を同時並行の形で週1時間の授業を行うことにした。

1 計算力アップ
   分数・小数の計算にも抵抗ある生徒が多いが,まずは「整数での正負の計算が確実にできる」ことを目標にした。「数多くの計算問題を限られた時間内に行い,正解率を競う」ことで,生徒達は,速さと正確さに気を配りながら問題に取り組むはずである。毎時間,授業の開始と同時に,正負の100マス計算「和」「差」「積」「商」を行う。制限時間内に何問正解するか,毎時間記録を取り,自分の計算を分析・反省する。
   
2 1・2年の復習
   数学は積み重ねの教科である。1年の内容が未消化であったり,あやふやで定着できてなかったりすると2年の内容が理解できていても,正解にならないことがある。例えば,連立方程式の解き方が分かっていても,正負の計算がきちんとできないと,間違った答えとなる。すると,その生徒は,連立方程式が解けないと思い込んでしまう。また,同じ単元・領域においては,1年の内容の後続けて2年の内容をやる方がスムーズに理解でき定着しやすい。「文字式の計算」や「方程式・連立方程式」などはこれに該当する。1・2年の復習をするといっても,1年の内容後2年の内容という流れでなく,1・2年の内容を連続で行ったり,順番を入れ替えたりして,効率よく生徒が理解しやすいように計画を再検討しなければならない。また,定着のための練習問題として1・2年の教科書の問題を利用する場合もあるが,過去の入試問題で構成してある「1・2年のまとめ」の問題集を購入し,入試を意識しながら基礎・基本を押さえていくことにした。1・2年の基礎・基本の定着が入試に直結することを肌で感じ,生徒の学習効果がより高まると期待できると考えた。


3.授業の実際

(1) 1回目の授業
 
一年間の流れ,毎時間の授業の進め方・受け方,それによりどのような力を身につけていくのか・・・・など,説明。
その後,正負の計算の「積」「商」の復習・確認をし,25マス計算で行う。制限時間は設けない。マス計算に慣れること,正負の×÷が間違わずに計算できることに重点をおく。ほぼ全員ができたところで,答え合わせをする。
   
(2) 2回目の授業
 
「積」「商」の「100マス計算」を時間設定し行う。
「積」が2分,「商」は2分30秒。時間がきたら,そこで終了。教師が正解を言い,生徒は自己採点をする。そして,ノートにテスト用紙を張り,正答数を記録する。予想以上に計算処理ができないことにびっくりしてる生徒が多かった。
正負の計算の「和」「差」について一回目と同様,復習・確認をし,25マス計算を行う。「和」の計算は比較的取り組みやすく,正解率も高かった。しかし,「差」の計算は,符号を変えて「和」の形にするという過程を,「式を書いて計算し答えを導く」ことをしたため,非常に時間のかかる生徒がいた。
   
(3) 3回目の授業以降
 
1 前半約20分「100マス計算」
  「2分」   答え合わせ
  「2分30秒」   答え合わせ
  「2分30秒」   答え合わせ
  「2分30秒」   答え合わせ
    計算プリントをノートに貼り,結果を記録する。
  「差」の100マス計算は,「符号を変えて加える」というワンクッションが必要なため,式を書かず暗算で計算するのは難しい。焦って誤答になるケースが多かったため,5回目からは「和」「積」「商」で行うことにした。
2 後半30分 1・2年の復習内容(単元別に)
基礎・基本問題を全体で行い,その後,各自問題集に取り組む。理解できているか否か確かめる。


4.生徒の反応

これまでの選択の時間を振り返って・・・・
100マス計算があって,結構計算が速くなったと思う。意外と楽しい。
100マス計算をやって,自分の計算のスピードがどれくらいか分かったし,計算が速くなって良かったと思う。
100マス計算は普段することがないから,スピードをつけるのには良いと思う。でもスピードだけ見るんじゃなくて,正確に計算できるようにしたいと思う。
計算が速くできるようになった。
計算を毎回やってやり方が分かってきました。あやふやだったところがまだ,完璧とは言えないけど,分かってきたし覚えられました。これからも選択や家でも頑張りたいと思いました。
計算力が強くなってきたと思う。
最初よりは,100マス計算の速さも正解率も伸びた。静かに集中してできて良かった。
100マス計算では,どれが苦手かわかった。
計算などの感覚が戻ってきた。
100マス計算をやって,前よりも格段にスピードが上がっていて,正解率もあがっている。これからは,足し算・引き算・かけ算・割り算で全部の問題を時間内に埋めたい。
同じ事ばかりやっていたので,途中で集中力が切れたりしたので,もっと集中力をつけたい
凡ミスをあまりしなくなった
100マス計算は小学校の時以来やってなかったから,なかなか大変でした。−,+のつけるところも間違えることも多かった。
選択の後の数学のテストで,選択で覚えたやり方の問題がでて,それができたので,とても嬉しかった。自分の計算力を試せれてよかった。
100マス計算の結果を見ると,自分は割り算・かけ算が得意なんだと分かった。
100マス計算をやることで,計算が速くなったようでよかった。
100マス計算をやって,自分の計算の遅さを実感しました。これからも,計算のスピードを上げるように頑張りたいです。
 「授業を振り返って」生徒の感想である。夏休み前までに8回しか授業を行っていないが,生徒は着実に数学に対して後ろ向きの姿勢でなく,前向きな姿勢に変わってきている。「楽しい」「頑張りたい」「もっと〜したい」という言葉にそれが表れていると思う。

 また,大半の生徒の文章に「100マス計算」のことについて肯定的に書いてあり,「できた」「よかった」「分かった」などの言葉から,生徒達に自信が生まれてきているようだ。

 「100マス計算」を毎時間同じ条件で行い結果を記録していくことで,「正答数の増加=計算力アップ」を生徒各自が瞬時に読み取り,自分の進歩が目に見えて確かな手応えとして感じることができる。シンプルで非常に分かりやすい仕組み・仕掛けであるが,その効果は非常に大きい。数学に対して「苦手」意識を持っている生徒の気持ちをほぐし,「苦手な中でもこれだけは・・・」いう最後の砦・気持ちの支えになっていくと思う。

 ところで,この「100マス計算」は,計算力アップ以外のメリットも生じた。それは,「100マス計算」を授業開始と同時に行うため,生徒の気持ちが短時間で授業モードに切り替わるのである。つまり,チャイムと同時に学習体勢になり,教室に緊張感が生まれるのである。また,計算問題でウォーミングアップできているので,授業の後半,生徒の集中力が持続したまま1・2年の内容に移ることができる。毎時間,問題を作成することは大変である。しかし,数多くの問題作成ソフトがフリーソフトとしてインターネット上にある。私は,その中で「とことん100マス夫さん」を利用し,時間短縮を図っている。


5.今後の課題

(1) 制限時間内に100問できない生徒への対応
   「100マス計算」も回数を重ねていくと,生徒各自が,以前と比較して計算力がアップしたと実感できる。しかし,それは全員が,制限時間内で正解率100%になるということではない。何度やっても時間内にできない,正答数が足踏み状態の生徒は,「時間内に計算するのは無理」とあきらめの気持ちが起こる可能性がある。彼らへの別の手だてが必要である。
   
(2) マンネリ化にならない工夫
   計算が得意な生徒もいる。彼らは,数回で制限時間内にできるようになり,正解率もほぼ100%となった。すると,満足したのか「できる」という意識からか,次から100マス計算に取り組む様子に真剣さが薄れ,緊張がゆるんでいたようだった。次の一手を考える必要が出てきた。そこで,分数「和」「積」「商」25マス計算を順次説明し,差し替えて行っている。単調なこと程,全く同じことの繰り返しを続けてはダメなのである。生徒に絶えず刺激を与えなければならない。
   
(3) 入試対策へのシフト
   計算力アップには,100マス計算が有効である。しかし,そればかりでは,入試の計算問題に対応しきれない。また,方程式や文字式の展開など,100マス計算方式では難しい場合もある。計算力アップへの入り口は100マス計算であるが,場合場合により形式を変え,少しずつ内容を入試レベルへシフトする必要がある。
   
(4) 意欲のない生徒への指導
 
28名全員が,初めから「頑張ろう」と意欲をもって来ているわけではない。(グラフ4は28名の2年次の評定,グラフ5は観点別)だから,少しでも興味・関心が持てるように授業内容を工夫する必要がある。ゲーム感覚で短時間の集中。また,講義一辺倒でなく作業を入れてみる。1時間の内容は2つに絞る・・・・など。

 しかし,それでも学習に全く意欲のない生徒が残念ながらいる。手ぶらでやってくるので,筆記用具と白紙の紙を渡すが,授業後,配布したプリントと一緒に机の上に置いたまま。「分かりたい」という気持ちを起こさせるにはどうしたらいいか,考えている。
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