授業実践記録

「数学の力,ワンランクアップ」〜基礎的・基本的な内容の確実な定着を図る指導〜
大分県大分市立野津原中学校
安東 勝利
1. はじめに(生徒の実態)

 (1) 学校の概要等

 本校は,昨年まで大分市西部に隣接する人口5000人ほどの小さな「野津原町」唯一の中学校であった。しかし今年1月より大分市との合併により,「大分市立野津原中学校」となった。七瀬川が地域の中心部を流れる,細長い地形の自然豊かなところである。

 全体的に見ると,素直で無邪気な生徒が多い。また,男女の仲もよく学校行事や生徒会活動では,お互いに協力し,意欲的に取り組むことができている。しかし,学習面では受動的態度が見られ,積極的な授業姿勢が求められるところである。

 尚,全校7学級(障害児学級1含む)で,生徒数は,1学年41名,2学年43名,3学年43名の全校127名である。

 (2) 教科に関する生徒の実態

全体的に授業にまじめに取り組むが,既習学習の習得差が大きい。
これまでの指導により,「表現処理の力」がついている生徒が徐々に多くなってきている。しかし全体的に,「数学的な見方・考え方」は苦手である。
特に文章問題や関数,図形領域で,筋道を立てて考えることに苦手意識を持っている。
塾等に行き,学校以外で数学を学習する生徒は,約1割,多い学年で2割ほどである。

2. 具体的な取り組み

 (1) 個に応じた指導の工夫・改善

 3学年ともに1クラス22名という少人数学級ではあるが,既習学習の習得差や学習意欲の差が大きいという実態もあり,これらを少しでも解消するため,習熟度別少人数授業やTTを取り入れた指導を行ってきた。

 単元の内容などで多少異なるが,「前半の学習内容理解は一斉授業やTT,後半の問題練習では習熟度別少人数授業」を基本の指導の流れとしている。

 
 

原則として,コースの選択は評価問題を解かせた上で,個人の意志を尊重しながら決定する。
基礎コースの方が発展コースより人数が少なくなるようにコース編成をする。
補完学習については,単元テストの結果をもとに必要だと思われる生徒を対象に,昼休みや放課後,質問教室の時間を利用して行う。

【基礎コース選択の生徒の反応と成果】

 ・  人数が少ないので,先生がすぐ前にいて緊張感がある。
わからないところをすぐに先生に聞くことができた。
すぐ横に友だちがいるので聞きやすい。
普段の授業(一斉やTT)よりも理解できたような気がする

特に「もう一歩」という段階の生徒には有効で,この取り組みで「わかった」「できた」という声が上がるようになり成果があった。

 (2) 学習内容を定着させるための工夫

 「授業の内容は大方わかるし,そのときだと問題を解いても解けるんだけど,テストになるとできないんだよな〜」・・・よく耳にする生徒の声である。

 確かに生徒の授業後の自己評価も「評価項目授業のめあてが達成できたか?」に対して,ほとんどの生徒が,「A:十分にできた」「B:おおむねできた」と評価している。

 それでは,「なぜテストで点が取れないか?」

 考えられる原因として,

 ・  家庭学習で,復習の習慣ができていない。
塾などに通う生徒も少なく(1〜2割弱),学校以外での学習機会が極端に少ない。
人数も少なく,競争意識にやや欠けるところがある。   等

 いろいろな原因があろうが,指導者の「定着させるための取り組み」が必要であろうという結論に至った。

1) 単元テストや小テストの実施とその補完

 生徒の要望アンケートで「単元後のテストや小テストを増やしてほしい」が多かったので,定期テスト以外に自分の学習内容を振り返るためのテストを計画的に実施した。
この際,習熟度の差が大きいという実態も考慮して,問題を3レベルに作成するなど工夫した。

 これにより「早期つまずきの発見→早期解決」となっている。また,以前より質問に来る生徒の姿も多くなった。


2) 家庭学習の充実

ア.  適度な宿題の提供とその確認・指導
 数学科として,毎日20分程度でできる内容の宿題を出している。(内容は,学年や時期によっても異なるが,課題プリント1枚やノート1ページの計算問題の練習,重要ポイントの整理,等)
 そして,その内容を確認し,つまずいている生徒には昼休みや放課後の時間を使って指導をしている。

イ.  授業と授業のつなぎの工夫(山登りプリント活用) 生徒の実態として,「前時の内容を覚えてない生徒が多い」という課題がある。そこで授業と授業の間に,必ず家庭での授業復習時間を入れさせるため「山登り学習プリント」を導入した。
 数学を苦手とする生徒にも,「ノートの内容を写すだけでもよい」と指導している。この取り組みにより,関数や図形など既習事項が本時の学習に大切な分野では,以前に比べ前時の授業内容が頭に残っており成果も現れている。また忘れた既習内容を自分の山登りプリントで振り返る姿も見られるようになった。
3) 校内掲示板の利用

 定理などの重点ポイントは生徒にまとめさせ,普段よく通る廊下や階段の掲示板に貼り,常に目にするよう工夫した。

 すぐに効果が出るわけでもないが,「テストの時に掲示板の公式が頭に浮かんだ。ラッキー!!」という声も聞くことができた。


<生徒のつける指導法の評価から>
Q. 先生は学習内容が後々まで身につくような手立てを工夫していますか?
  全校平均 16年度 1学期 3.36 2学期 3.44 3学期 3.45
    17年度 1学期 3.48  

 4段階評定(平均2.5)なので,全体的に生徒の評価も高い方である。さらにこれら定着のための取り組みで,わずかではあるが評価も上がっており成果も出ていると考えられる。

 (3) 操作活動の導入や教材・教具の工夫と改善

 数学に興味や関心を持たせ,意欲を喚起するために操作活動やゲームなどを積極的に取り入れた。その一例として,

1年 ・・・ 文字式「マッチ棒・碁石」 方程式「天秤」 関数「ブラックボックス」
平面図形「宝探し」 空間図形「展開図と模型づくり」「フレームワークス」
2年 ・・・ 一次関数「ダイヤグラム」「さお天秤」 図形の性質「ジオボード」「タイルの敷き詰め」
確率「実際にさいころや王冠投げ」
3年 ・・・ 式の計算「規則性の発見」 平方根「平方根トランプ」 相似な図形「パンタグラフ」
(※パンタグラムを使った授業の指導案を後述する)

<生徒のつける指導法の評価から>
Q. 先生はプリントや資料の用意,学習内容によってはパソコンなどの機器を利用するなど,考え方を工夫していますか?
  全校平均 16年度 1学期 3.36 2学期 3.44 3学期 3.45
  17年度 1学期   3.40  

 4段階評定(平均2.5)なので,全体的に生徒の評価も高い方である。さらにこれらの取り組みで,わずかではあるが評価も上がっており成果も出ていると考えられる。

 (今年度1学期は前年度3学期と比較してやや数字が落ちているが,単元の関係もあり,前年度1学期と比較すると上がっているととらえることができる。)

3. 成果と課題

 (1) 成果
まず,大分県や大分市実施の調査結果では,
1年 ・・・ 正答率で,市町村平均に比べ,4.0ポイント低い

2年 ・・・ 到達度で,大分県平均に比べ,10.2ポイント高い

3年 ・・・ 正答率で,市町村平均に比べ,5.2ポイント高い

今年度県実施の学習意識調査(2年生対象)

「学習塾に通う」割合は,県平均に比べ,30.2ポイント低い

 これらの数値からも,入学段階では「標準かやや低い」という生徒の学力を,2年3年では「標準よりやや高い」という段階まで引き上げることができており,いろいろな取り組みは成果があったものと確信している。

定期的にアンケートを取り,生徒の声を聴くことで,今まで気がつかなかった指導体制や指導形態の改善を強く感じるようになった。問題点を改善していくための工夫を重ねることで,生徒一人ひとりに目がいくようになった。特に,生徒一人ひとりの考えや理解度に応じた習熟度別クラスでの授業では,いつもにも増して生徒の質問も多く,わかるまで取り組めるという安心した様子がうかがわれた。

 (2) 今後の課題

今年度大分県実施の学習意識調査(2年生)で,「教科の好き嫌い」では,肯定的回答をした生徒が県平均に比べ5.5ポイント低かった。これらの結果から,学習内容の理解や定着ばかりに偏らず,数学を好きにさせる工夫や手立てがまだまだ必要であろうと思われる。

「数学が苦手である」(約半数)という実態はあるが,指導者側が今後も一層多くの仕組みや工夫を心がけていくことで,目指す生徒像「数学的な活動を楽しみ,数学的な見方や考え方のよさを活用できる生徒の育成」につながっていくのではないかと考える。



〜資 料〜 授業の実践事例

1. 単元名    『図形の相似』(本時は,本単元の導入であり,17時間扱いの第1時)
(生徒数24名で,指導者2名のティームティーチングによる授業)

2. 指導の立場
     (教材観)


 小学校算数では,拡大・縮小,縮尺,比の値などは未習であり,関連事項としては「簡単な場合について,比の意味を理解し,等しい比があることを理解する程度」の内容のみを学習している。したがって,2つの図形の形が同じであるということを縮図や拡大図を通して具体的に理解させる必要がある。そして,三角形や多角形などについて形が同じであることの意味を明確にさせるようにする。さらに,相似の意味を理解させ,拡大図や縮図をかく活動を通して相似の概念をつかませていく。

 三角形の相似条件については,三角形の合同条件と対比させながら,直観的,実証的に取り扱うことによって理解できるようにする。そして,これを,三角形と平行線の性質,平行線と線分の比についての性質,三角形の中点連結定理などの場面で活用できるようにする。

 本題材は,図形の相似の概念を明らかにするとともに,三角形の合同条件や相似条件をもとにして,図形の性質を見いだし,それを確かめる能力を伸ばすことをねらいとする。

(生徒観)
 本学級の生徒は,全体的に明るく元気もよい。またたいへん仲もよく,いろいろな活動にも前向きに取り組もうとする生徒が多い。授業態度もまじめであり,教師の発問に対して,積極的に発言が見られる。しかし一部の生徒はやや学習意欲が乏しく,小学校の算数指導をしなければならない生徒も見られる。数学に対して苦手意識を持った生徒も多く,特に図形分野においては「きらい」「どちらかと言えばきらい」と答えた生徒が65%,その理由も「ややこしくて難しい,理解できない」(37.5%),「考え方が複雑で面倒くさい」(40%),「筋道を立てて考えることが苦手」(27.5%)と,その原因も奥が深く,解決の手立てをなかなか立てにくいのが実情である。また,1学期に実施した教科ごとのアンケートでも,生徒から「教具の利用などによる教え方の工夫をしてほしい」という要望が出された。

(指導観)
 そこで本題材の指導にあたっては,「図形学習は抽象的,論理的で難しい」という苦手意識を生徒に持たせないことを工夫し,「図形学習は確かに奥は深いが,その分興味深く数学的な楽しさがある」ことを生徒に感じさせたい。そのために単元の導入では,「パンタグラフ」という操作教具を持ち込み,生徒に道具を自由に操作させることで,「なぜ?」という知的好奇心をかき立て,本単元への興味・関心を大きく膨らませたい。また,この教具「パンタグラフ」は,本単元の基礎的要素がたくさん含まれた教具なので,各時間繰り返し活用して,基礎・基本を大切にし,一貫した単元指導が行えるよう指導計画や問題配列などを柔軟に改善・工夫していきたい。

3. 指導目標 指導計画 評価観点と規準 ・・・・略

4. 本時案

 (1) 主 題  5章の扉 「パンタグラフと拡大・縮小」

 (2) 目 標
1)  パンタグラフを使って実際に相似な図形をかくことにより,この章の学習に興味や関心を持つことができる。
2)  操作活動を通して,「形を変えないで大きさを変えた図形」という見方を直観的に認め,拡大や縮小,さらに相似について理解を図る素地を養う。

 (3) 授業の視点
1)  一人ひとりが操作活動に積極的に取り組み,その活動から自分なりに(数学的な)何かを発見することができていたか?
2)  全員が「相似な図形」を直観的にとらえ,本単元に興味や関心を持つことができたか?

 (4) 授業の工夫・改善
1) 意欲喚起のために・・・
 単元の扉の学習として,操作活動を導入し,数学への苦手意識を持った生徒にも取り組みやすいよう工夫するとともに,本単元の学習に興味や関心を持たせる。
2) わかる・できる授業のために・・・
 「相似=形を変えないで大きさを変えた図形」を,言葉による一方的な教授ではなく,自らの手を使った操作活動で直観的にとらえさせる。
3) 学力定着のために・・・
本時の教具を単元の中で繰り返し活用し,相似概念の定着を図る。
 (5) 展開

学  習  活  動 指 導 ・ 援 助 の 留 意 点 備 考
1. パンタグラフを示し,本時の学習に興味をもつ。
5
普段は「目標」を提示するが,本時はあえて「目標」を隠しておく。
どんな道具であるかを質問し,興味を持たせる。
パンタグラフに興味をもつことができたか?
2. 本時の課題を知る。
5
パンタグラフの使い方だけを簡単に知らせる。
 (どんな図があるかは言わない。)
準備
パンタグラフ(12個),白紙,予備のパンタグラフ,気づいたことをまとめる用紙
パンタグラフを使って自由に図(拡大図・縮図)をかき,自分なりに何かを発見しよう。
3. パンタグラフで自由に図をかき,気づいたことをまとめる。
20
操作活動(作業)の関係で,ペアで取り組ませる。
図をかく中で,気づいたことなどをメモさせる。
「なぜだろう?」と疑問を持ったペアには,いろんな形のパンタグラフを準備しておき,自由に使わせてみる。
「なぜ相似な図形がかけるのか?」も自分たちなりに考えさせてみる。
教師2人で生徒の活動に素早く対応し,さらに数学的な考え方が発展するようアドバイスをする。
パンタグラフを使って相似な図がかけたか?そこに(数学的な)何かを発見することができたか?
4. 気づいたことや疑問・感想などを自由に発表する。
15
机間指導をしながら,みんなに知らせたい感想などをピックアップしておく。
生徒の発表として,
形は同じであるが,大きさが違うものがあった。
なぜこんなことになるんだろう?など
「なぜ相似な図形がかけるのか?」についてはその理由を生徒に自由に言わせるが,正解は今後の学習で明らかになることを伝える。
気づいたことや疑問などをまとめ,発表することができたか?
5. 「相似な図形」について理解する。
5
「形を変えないで,大きさを変えた図形」のことを「相似な図形」ということをおさえる。
できれば生徒の感想を引用したい。
「相似な図形」が理解できたか?
6. 本単元の学習内容を知る。
5
三角形が平面図形の中で最も基礎的な図形であることから,本単元は三角形を題材に「相似」の世界を学習することを知らせる。
宿題として,相似な三角形をかかせその辺や角度を調べることで「相似な図形の性質」について考えさせ,次時につなげる。
本単元の学習内容を知るとともに,今後の単元学習に興味・関心をもつことができたか?

 本時は本章の導入であり,操作活動を中心に生徒の疑問や感想などのつぶやきをいかに引き出し,それを次時からの学習に活用するかがポイントとなる。そこで,教員2人が生徒の活動に有効に寄り添い考えを引き出せるよう,またいろんな友だちの考えを聞いて自分自身の考えをさらに膨らませるよう,TTでの一斉指導で授業を実施することにした。

 (6) 生徒の感想

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