課題学習数学の指導
数学史点描「デカルトの業績をたどる」
神戸市立桜の宮中学校
崎 正則
1.はじめに

 最近の中学校の数学では,授業時数の削減に伴い,内容の精選などから最低限の授業を行い,時間があれば定着のための計算演習を繰り返すというやや「味気ない」授業が展開されているケースが多い。
 課題学習の大切さが言われても,実施する余裕がなく,一方でそれまでの授業との関連がない内容のものを突然実施しても,生徒たちにとって「なぜこの課題が?」と課題学習の目的を理解できない場合が多く,効果を上げていない。
 そこであらためて1時間の授業を組むのではなく,ひとつの単元の授業の流れの中で動機付け,まとめなどの場面で適当に配置でき,教科書や問題集にない(あるいははずれた)内容に触れつつ,かつ授業内容をバックアップするような課題学習の作成に取り組んだ。
 そのひとつとして,歴史のなかで数学の進歩に貢献した人物を点描し,彼等の足跡,業績をたどりながら,今学んだことの本当の大切さやその背景にある考え方の深まりを感得させることができるような授業を考案した。
 すでに教科書でも取り上げられたことがあるが,ギリシャのターレスの相似の話,アルキメデスの円周率の計算,ピタゴラスと彼の教団等々,歴史上の数学者は個性的である。これらを中学生に分かりやすく噛み砕いて話していると,参考書や問題集では知ることができない生き生きとした現実の数学の世界に触れ,生徒たちの意欲・関心を大いに高めることができる。
 このような研究の流れのなかで,今回このレポートでは「デカルトの業績」をたどりながら,座標,相似な図形,平方根,三平方の定理などに触れていく課題学習を例示する。1年から3年までの内容を含んでおり,全部を1時間で行うとすれば少々多めである。そこでどの学年でも,必要に応じて一部省略して用いることができるようにしてある。
  関係ある単元は,
  1) 第1学年 比例と反比例:座標
  2) 第2学年 図形と証明:証明のしくみ
  3) 第3学年 平方根:平方根
  4) 第3学年 図形と相似:平行線と線分の比
  5) 第3学年 三平方の定理:三平方の定理の利用
である。

2.授業の内容

(1)  デカルトおよびその背景について

 ほとんどの生徒たちにとって「デカルト」は初めて聞く名前だろう。最初にデカルトの肖像(右図)を提示し,彼の生涯やその業績について簡単にたどってみる。私がまとめた主な足取りは以下のとおりである。
Rene Decartes
デカルト(1596〜1650)

[ルネ デカルト(Rene Decartes)]
  1) 1596  フランス トゥレーヌ州ラエに生まれる。
 富裕な支配階級の出自であるが,母をなくし,祖母たちの手で育てられる。生来,体が弱かった。
  2) 1606  フランス ラフレーシュの学校に入学。校長シャルレ(生涯彼のよき理解者)によって「朝は好きなだけベッドに横たわっていてもいい」と許可される。
 人文学(語学,歴史,弁論,道徳など)とスコラ哲学(アリストテレス創始)を学ぶが,その煩瑣な論法を批判し,新しい学問体系を作ろうと志す。
「ある考えが正しいかどうかは,これから導き出された結果が現実の世界の中で起こっていることをどれだけうまく説明できるかによって決められる」
  3) 1616  フランス ボアティエで大学に入学
  4) 1619  ドイツ軍将校として30年戦争に参加
 10月ドナウ川上流ウルムの町で夜営。11月10日みた夢からヒントを得て幾何学(図形)の代数(数式,関数)への応用を考えつく。
  5) 1623  イタリア ベネチア
 このころガリレオ・ガリレイがイタリアにいたが,彼には会っていない。
  6) 1627  フランス パリ
 それまではどちらかといえば自由気ままに生きていたが,枢機卿の説得で人生の目的として学問を志す。
  7) 1628〜1640  オランダ アムステルダム
     スペインから独立したばかりで進取の雰囲気に満ちた賑わいの町で,静かに研究に没頭する。
   1637 
3つの「試論」と「方法序説」
光の屈折の法則,虹の現象の説明
動物機械論:現代のロボットやコンピュータの予想
真空の否定:太陽から地球への影響は渦運動によって起こる(太陽風)
「方法序説」によって,解析幾何学の原理を確立する。しかしながらガリレオの宗教裁判の結果を恐れ,なかなか出版に踏み切れなかった。
  8) 1641  オランダ ハーグ
   1649  スウェーデン女王クリスティナと出会い,スウェーデンに招聘される。
 招きに応じて行ったが,早朝より女王への講義,環境の変化で体調を崩す。
  9) 1650  スウェーデン ストックホルムで死去

(2)  中学校数学でデカルトの関係する部分

 現代の数学全般,とりわけ解析学の土台が彼によってつくられているわけであるが,この課題学習で取り上げることができる内容を以下に挙げる。

1.座標(第1学年)
 デカルトの足取りの4)で,朝のベッド上で思索中に,格子状の天井に止まる蝿を見ていて座標平面の考え方を思いついた,といわれている。彼以前にも「点の座標」は遠くはギリシャのアポロニウスが取り上げている。また同時代のライバル,フェルマーも提唱している。
 しかし,デカルトの業績は,負の数を数直線上で0より左に伸びる部分に位置する数としてその概念を確立したうえで,すべての実数に対応する座標平面を考案したことである。
 グラフについては,小学校時に正の数を対象とした第1象限のみのものを学習しているが,「比例と反比例」で初めて正負の数すべてに対応する座標平面まで拡張する。このときに,デカルトの行なったことの意味を知らせたい。
 授業では,ヨーロッパの地図に座標軸を入れたものを準備して配布し,デカルトの一生の主な場所〔1)〜9)〕を座標で表しながら説明したい。

2.

図形との結びつき(第3学年)
 座標を用いると,対応する2つの数量を1つの点として表すことができる。2つの対応する数量が変化していく様を,座標平面上で視覚的に表すことができるわけである。その全体は,平面上では一種の図形として捉えることができる。例えば,一次関数は直線,二次関数は放物線である。  第3学年で「三平方の定理」の学習が終わった段階では,少々進んだ内容ではあるが,円の方程式を示してやっても,生徒たちは理解可能だし,興味・関心を引き起こすことができる。これは,高校に入ってから三角関数への導入を分かりやすくするためにも役立つ。

3.

相似な図形の比を用いた線分の作図(第3学年)
 デカルト以前では式の次数をそろえるということが大切なことであった。例えば,
  y=x+m  y2=mx
のように,長さが長さに等しい,面積が面積に等しい,という形式の場合のみを取り扱っている。つまり,一次の式aは1つの線分を意味し,a2 は面積を意味していた。
    しかし,デカルトは,このa2 は 1:a=a:a2 を意味するだけの数式として考えた。これは図1の作図を通して簡単に長さとして示すことのできるものである。
 同様に,abは二次式として面積を意味するものであったが,デカルトは図2のように 1:a=b:ab によって結びつけられた同じ次元(長さ)を表すものとして考えうることを示した。

4.

平方根の作図(第3学年)
 デカルト以前では,aが線分であると考えるとルートaは意味を持っていなかった。しかし,デカルトにとっては,1とaを表す線分が与えられた場合,ルートaを表す線分は図3の作図で与えられる線分の長さとして考えることができる。
 こうして,デカルトによってすべての数式は線分の長さとして考えられ,それに代数的演算を行ってもまた線分の長さとして与えられることが示された。つまり数式の演算と図形の作図とが結びつけられ,数式の演算がそのまま図形の研究に用いられるようになった。このことが次の時代のニュートン(1642〜1727)の運動力学の研究に用いられ,そのまま現代科学の発展に大きく貢献していることを教えたい。

(3)  本時の展開

過程 学習内容 生徒の活動 教師の支援・評価の観点
導入 「どこで」「いつ」「何をした人か?」
中学校での学習内容との関連を考える。
デカルトの肖像の提示
課題1 座標の復習,確認
デカルトの一生をたどりながら地図上の地点を座標で表す。
デカルトの一生の概略と地図を配布

[知識・理解]
座標を正確に書くことができるか。
課題2 線分a2,abの作図
相似な図形の性質を用いて,
1. 長さの与えられた線分aから,長さとしてa2を作図する。
2. 長さの与えられた線分a,bから,長さとしてabを作図する。
それまでの計算がどのようであったかに触れ,デカルトの斬新さがわかるように導く。
作図作業を取り入れながら説明する。

[関心・意欲]
意欲的に作図作業に取り組んでいるか。
課題3 線分ルートaの作図
三平方の定理を用いて線分aからルートaを作図する。
提示 円の方程式  
三平方の定理を用いて円周上の点の座標が
 x2 +y2 =a2
になっていることを示す。
まとめ デカルトの業績
すべての図形が数式で与えられるようになったことが,現代の生活の中でどのように役立っているかを考える。
<例示>運動の分析への応用,デジタル文化
デカルトの業績への理解を深め,それが数学への取り組みにどのように役立ったか考える。

(4)  指導を終えて

 この授業案は1時間ものとなっているが,時間をかけて作図作業などを考えさせたほうが理解を深めることができるものがあり,必ずしも1時間で行なう必要はない。
 筆者も実際には,授業案の課題1から3まですべてを行ったわけではなく,授業の進度と内容の深化を考えながら,部分的に行っている。
 課題2の作図を行うにあたっては,まず二次の式が面積を表していることが多いという現象を確認してから行うことにより,デカルトの発明したことをより際立たせることができた。生徒たちは,相似の考え方や作図を結構楽しんでいたようだ。
 また,課題3の作図では,aの平方根の作図という少し思考力を要する課題であったが,まず作図ありきで,その後グループ内での相談する余地があったようである。
 円の方程式は,内容が高校レベルであるが,三平方の定理の応用として教えると,図形と数式を結びつけるいいきっかけとなった。

3.まとめ

 従来の課題学習と比べ,通常の授業の一環として用いることができるような,しかしながら教科書ではあまり触れることがない数学の背景にある考え方を学ぶことができるような課題学習を考えることは,少ない時間の中で生徒の興味・関心を高め,より効果的な学習を行なっていくために重要なことである。
 ややもすれば,日常生活とは離れた次元での数式計算や概念と捉えられがちの数学という教科が,実は多くの先達の,この社会で起きるさまざまな現象や自然現象を正確に認識し,予想をするための素晴らしいアイデアにより,進歩してきたものであることを知らせることによって,生徒たち一人一人があらためて数学を学ぶことの大切さを知っていくように思えるのである。
 今後は,中学校の教科書ではあまり触れられない現代数学を推し進めてきた人物の点描をどのように課題学習として分かりやすく組み立てていくかということが,筆者の課題である。

<参考文献>
 ・数学セミナー 「100人の数学者」(1971, 日本評論社)
 ・数学の天才列伝(竹内 均)・知と感銘の世界(2002,ニュートンプレス)


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