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理科

気づきから問いへ,問いから探究へ ― Sense of Wonder に導かれて
~中学生が取り組む課題研究~

佐賀大学教育学部附属中学校 岡本 洋平

1.はじめに

本校は,佐賀大学教育学部と連携し教育研究に取り組んでいます。令和3年度から令和5年度までの3年間は,研究主題を『社会で生きて働く資質・能力の育成~「質の高い深い学び」の実現を通して~』と設定し,教科等横断的な資質・能力を育む探究的な学びの在り方を検討し,総合的な学習の時間に全学年で課題研究に取り組みました。令和6年度からは研究主題を『「未来をひらく 共創する学び手」の育成~エージェンシーを育む方策を通して~』として研究に取り組む中で,継続して課題研究に取り組んでいます。

2.総合的な学習の時間について

本校では,令和3年度に総合的な学習の時間の名称を生徒から募集し,「TRAIN」と呼んでいます。「TRAIN」という名称には,「社会で生きて働く力を鍛えていく」「学んだことが電車のように繋がっていく」という2つの意味が込められています。この「TRAIN」を3つの時間で構成して運用しています。1つ目は「B-Time」です。Bは,Bright(輝き),Basic(基本)から取り,「言語活動の20要素」を学びます。例えば,「比較する」「推論する」などの思考操作,「説明する」などの言語運用,「引用する」などの言語操作について学びます。2つ目は「C-Time」です。Cは,Curiosity(好奇心)・Cultivation(育成)・Challenge(挑戦)からとり,課題研究に取り組む時間です。3つ目は「E-Time」です。Eは,Experience(体験)・Enterprise(進取の気性)から取り,新たな発見や気づきの場となるようなロールモデルに学ぶ講演会を設定しています。課題研究であるC-Timeがよりよく進められるように,各教科等の学びや,B-TimeとE-Timeを関連付けるようカリキュラムを設定しました。令和3年から5年までは,各学年が1年間で1つのテーマの課題研究に取り組み,3年間で3回の課題研究に取り組むよう設定していました。令和5年度からは,3年生の課題研究に,より時間をかけて取り組めるように,3年間で2サイクルとし,2年生の後半から継続して課題研究に取り組むようにしました(表1)。各学年の成果発表では,異学年や小学生に向けて発表したり,3年生は卒業研究発表として,全校生徒や保護者に向けて発表したりしてきました。現在は,再度3サイクルの課題研究に戻し,E-Timeの講演を随時入れ込むなど,カリキュラムは柔軟に変更しながら運用しています。

表1 R5.6年度 TRAINの主なカリキュラムの抜粋

1年生 2年生 3年生
4月 E-Time(仲間づくり学習会) E-Time(校外学習) E-Time(修学旅行)
5月 B-Time E-Time(校外学習振り返り) E-Time(修学旅行振り返り)
6月 テーマ設定 E-Time(職場体験に向けた取り組み) 調査・実験
7月 リサーチクエスチョン
研究計画
B-Time 調査・実験
9月 B-Time B-Time 中間発表
10月 B-Time E-Time(職場体験) 卒業研究発表会
11月 研究内容をまとめる テーマ設定 研究報告書作成
12月 中間発表 リサーチクエスチョン設定 研究報告書作成
1月 発表会 研究計画書作成
2月 研究集作成 E-Time(修学旅行に向けた取り組み)

3.課題研究への職員の取り組みについて

岡本尚也博士の講演のようす

令和3年度からスタートした課題研究では,職員も指導の在り方やカリキュラム設定など,毎年検討を重ねながら,生徒と一緒に課題研究をよりよくしようと進めてきました。その中で,課題研究メソッド2nd Editionを職員用のテキストとして活用してきました。課題研究メソッドにある課題研究の7つのステップごとに職員を割り振り,担当したステップの指導法やポイントについて全職員に提案する形で研修に取り組みました。生徒とともに課題研究を進める中で,教師が感じる指導のポイントや困り感を全職員で共有することを大切にしました。
令和3年度には,岡本尚也博士(Glocal Academy 代表理事)に職員向けの研修会と,全校生徒対象に講演会を実施していただきました。生徒と職員がなぜ課題研究に取り組むのか,課題研究を通してどのように成長してほしいのかを共有しながら進めることができました。令和4年度には,3年生の卒業研究発表会を岡本尚也博士に参観していただき,講評を含めた講演を全校生徒対象に行っていただきました。また,令和4年度からは,職員が高校生国際シンポジウムhttps://www.glocal-academy.or.jp/symposiumを参観することで,課題研究の指導や高校への接続を意識しながら取り組むようになりました。中学生が課題研究に取り組む難しさを感じながらも,岡本尚也博士のお話や,高校生国際シンポジウムの高いレベルの発表などに刺激を受け,職員も課題研究の指導について学んできました。

4.課題研究メソッドStart Bookの活用について

課題研究を進める中で,中学生が課題研究を深めるためには,必要な情報を収集する方法や言葉の扱い方,問いの立て方を学ぶ必要があるという課題が出てきました。とくに「マジックワード」には,職員も注意しながら生徒へ指摘はしていますが,言葉への意識を高めていくことが大切であると感じていました。そこで,令和5年度からは,課題研究メソッドStart Book(現在は「ゼロから始まる探究活動 課題研究メソッドZERO」)を生徒用のテキストとして活用しています。本書は,課題研究に入る前のトレーニング編と実践編に分かれており,特にトレーニング編の前半を課題研究にはいる前に取り扱うことにしました。令和6年度卒業生は,2年生のときから課題研究メソッドを使い始めました。当時は,3年生の卒業研究発表会を参観した後,11月からテーマ設定に入る計画でしたので,そこまでに第1,2章の「情報を集めよう」「情報を整理しよう」を抜粋しながら取り組みました。1章「情報を集めよう」では,情報の信頼性に着目し,一次,二次情報の違いや,インターネット検索の仕方などを学びました。2章「情報を整理しよう」では,マジックワードに着目し,言葉を具体的に書き換える練習や,言葉の意味や定義を明らかにする練習を行いました。そして,3年生の卒業研究発表を参観した後,卒業研究を通して気になる言葉やテーマを挙げ,1章,2章の学びをもとに,言葉やテーマについて自分自身で調べたり広げたりしながらテーマの設定につなげていきました。
研究テーマの設定が進んだころ,4章「研究テーマを決めよう」の内容に沿って,先行研究を調査し,研究の方向性について考える時間を取りました。その後,リサーチクエスチョンを導く際には,3章「問いを立てよう」に立ち戻り,問いの種類や問いの立て方を学んだ後,5章「リサーチクエスチョンと仮説を立てよう」に沿って進めました。2年生の間は,学級単位で課題研究を進めますが,立てた問いやリサーチクエスチョンは複数の職員にチェックしてもらうこととし,多面的な視点でテーマについて検討しながら進めました。

5.成果発表について

3年生からは,課題研究をゼミ形式で進めます。テーマの種類を,スポーツ分野,科学分野など7つの分野に分け,同じようなテーマの生徒同士が情報を交換しながら進められるように設定しました。ゼミには担当の職員がつき,情報を共有しながらアドバイスも行います。3年生は,調査・研究や研究内容のまとめが中心ですが,調査・研究の中でも,随時振り返りを行いながら,リサーチクエスチョンやテーマに立ち戻るようにしました。調査や研究がうまくいかないことも多くあり,「そもそも何を明らかにしたいのか」ということを生徒自身が常に意識して課題研究に取り組むことを大切にしました。そのため,研究の途中でもテーマ設定からやり直すこともあり,進め方を生徒に会わせて柔軟に変えることも,ゼミ形式なら対応することができました。
3年生は11月の卒業研究発表で成果発表を行います。これは1,2年生や保護者の方に参観していただきます。発表自体は6分間に研究内容をまとめます。発表後には質疑応答の時間を取り,参観者と意見の交換を行います。スライドを用いて分かりやすく,なおかつ6分間にまとめることは難しいですが,参観者に伝わるような発表を目指します。

卒業研究発表会のようす

新・理想の星プロジェクトでの発表

小学生対象の発表

研究発表会での発表

卒業研究以外にも成果発表の機会があります。1つは,佐賀県立佐賀西高等学校の課題研究発表会「新・理想の星プロジェクト」に参加させていただきます。3名の代表生徒が高校生に向けて成果発表を行います。2つ目は,本校は多くの小学校から進学してくるため,母校の小学生に向けて成果発表を行います。3年生が母校に行き,自分たちで発表したり,質問を受けたりします。3つ目は,本校の研究発表会で,参観者の先生方を対象に成果発表を行います。これらの成果発表は,全員が行うわけではありませんが,小学生や高校生,大人など,異なる対象に発表する機会を設けています。小学生に発表するときは難しい言葉がないか確認したり,大人や高校生からどのような質問が来るか想定したり,発表する対象が異なれば,準備の仕方も異なってきますが,多くの人の前に立つことが新たな気付きに繋がるなど,成長のチャンスと捉えてほしいと考えています。

6.おわりに

卒業研究を終えた生徒の振り返りの中で,「課題研究を通してどのようなことが学びになりましたか。」という質問の回答を抜粋しました。

プレゼンテーションを作る難しさや条件を揃える難しさを実感して,世の中の研究のすごさを体感できた。他人の発表を見たりアドバイスをもらったりすることで他人に伝える能力が成長した。

自分の興味を研究にしようとしたら難しくてできずにテーマ設定にとても悩みました。自分の興味は何なのか,身近なものに目を向ける大切さや,本当に実験可能か,それだけのデータで大丈夫なのかなど,批判的に見ることが大きな学びになりました。

テーマを決める期間はずっと小さなことでも疑問に思うようにしたり,自主的にテレビや新聞を読んで情報収集したりしたことが学びになりました。

もちろん中学生の課題研究の中では答えの出ないこと,解決できないことも多く,多くの生徒が難しさを感じながら研究に取り組んでいます。同じように職員も指導の仕方に悩みながら進めてきました。生徒の振り返りにあるように,問いを持つことの難しさ,条件を考える大切さ,人への伝え方など,課題研究を経験したからこその学びがそこにはあると感じています。
これから先,より予測が難しい社会を生きていく生徒には,このような探究的な学びを通して,自分自身で自律して学ぶことや,多様な他者と共同する経験を積み,未来を切り拓いていく力を育てていってほしいと願います。そのためにも,私達職員が課題研究の意味を理解し,課題研究メソッドをもとに,生徒と共に学び進めていくことが大切だと思います。中学生でもできる課題研究の在り方を今後も考えていきたいと思います。

【参考文献】